【世界史】中東の歴史 まとめ ─ 簡単に解説

どうも、りきぞうです。

大学のころから、世界史に親しんできました。

大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。

・中東の歴史を、ざっくり知りたい
・大事なキーワードは?
・重要な人物は、だれ?

きょうは、この問いに答えていきます。

先に結論をいえば、つぎのとおり。

りきぞう

・中東の歴史は、[古代オリエント → ペルシャ帝国 → イスラム世界 → オスマン帝国→ 近代世界]の流れをおさえると、すっきり理解できる
・大事なキーワードは、「シュメール人」「アケメネス朝/ササン朝」「アッラー」「ウイーン包囲」など
・重要な人物は、「アッシュール=バニパル」「ダレイオス1世」「ムハンマド」「メフメト2世」など

ポイントは、つぎのとおり。

  1. ① 古代オリエント
  2. ② ペルシャ帝国
  3. ③ イスラム世界
  4. ④ オスマン帝国
  5. ⑤ 近代世界

….

この記事では、つぎの本を参考にしました。

以下、目次にそって、みていきます。

中東の歴史① ─ 古代オリエント

まずは、古代オリエントから。

大まかな流れは、つぎのとおりです。

  • メソポタミア
  • エジプト
  • 東地中海(シリア&パレスチナ)
  • オリエントの統一&分裂

メソポタミア文明は、ティグリス川&ユーフラテス川あたりで生まれました。

その文明でつかわれていた「楔形文字」が、人類最古のものとされます。

都市国家もつくられます。

文明を築いたのは「シュメール人」です。

・青銅器
・叙事詩

も発明・創作しました。

シュメール人のあと、メソポタミア地域をおさめたのが、バビロニア王国です。

アムル人によって築かれ、トップには「ハンブラビ王」が君臨していました。

「目には目を、歯には歯を」で有名な「ハンブラビ法典」を制定し、統治しました。

いっぽう、ナイル川周辺では「エジプト文明」が生まれます。

エジプト文明については、[古王国時代 → 中王国時代 → 新王国時代]の区分でとらえるのが、一般的です。

メソポタミア地域の西側 ─ 東地中海エリアにも、2つの民族が、台頭します。

・フェニキア人
・ヘブライ人

です。

フェニキア人は、地中海沿岸に拠点をかまえて、海洋交易で発展します。

いっぽう、ヘブライ人は、エジプト新王国に征服されながら、独自の宗教を確立していきます。

ユダヤ教です。

「唯一神」の考えは、[キリスト教 → イスラム教]にも採られていきます。

最終的には、[メソポタミア〜エジプト〜パレスチナ]は、ひとつの国家によって統治されます。

アッシリア帝国です。

王「アッシュール=バニパル」のもと、駅伝制が敷かれて、効率よく土地が管理されます。

しかし〝強権的なやり方〟が裏目に出てて、100年も経たず、滅亡 ─ 。

以後、

・新バビロニア王国
・メディア王国
・エジプト末期王朝
・リディア王国

に分裂し、覇権争いをくりかえします。

「古代オリエント」については、こちらの記事で、くわしく説明しています。

中東の歴史② ─ ペルシャ帝国

さいしょにオリエントの統一を果たしたのは、アッシリア帝国でした。

けれど、拘束力が強すぎたこともあり、すぐに崩壊します。

つづいておさめたのが、ペルシャ帝国です。

ポイントは、つぎのとおり。

  • アケメネス朝ペルシャ
  • アルサケス朝パルティア
  • ササン朝パルティア

ペルシャ帝国については、各王朝の流れをおさえると、すっきり理解できます。

厳密にいえば、「アルサケス朝パルティア」は、〝ペルシャ〟帝国ではありません。けれど、説明の都合上、ここでは「ペルシャ帝国」の一部として、あつかっています。

「アケメネス朝ペルシャ」は、ギリシャのポリス連合軍と大規模な戦争をおこないます。

有名な「ペロポネソス戦争」です。

その後、「アケメネス朝ペルシャ」は、「アレクサンドロス大王」の侵攻によって崩壊 ─ 。

つぎの「パルティア」は、「共和政ローマ」と争います。(BC.100年代)

さいごの「ササン朝ペルシャ」は、

vs. 帝政ローマ(AD.200年代)
vs. ビザンツ帝国(AD.600年代)

といったかんじで、西洋諸国と争います。

「ペルシャ帝国」については、こちらの記事で、くわしく説明しています。

中東の歴史③ ─ イスラム世界

つづけて、中東エリアは、イスラム世界の時代に移っていきます。

ポイントは、つぎのとおり。

  • イスラムの誕生
  • イスラム帝国の発展
  • イスラム世界の影響

イスラムの歴史については、[誕生 → 発展 → 影響]に沿ってみていくと、すっきり理解できます。

「イスラム世界」については、こちらの記事で、くわしく説明しています。

中東の歴史④ ─ オスマン帝国

それぞれのイスラム王朝が広まったあと、中東エリアをおさめたのが、オスマン帝国です。

オスマン帝国の歴史については、[形成 → 発展 → 衰退]の流れをおさえれば、すっきり理解できます。

ポイントは、つぎのとおり。

  • オスマン帝国の形成
  • オスマン帝国の発展
  • オスマン帝国の衰退

オスマン帝国は、1300年代〜1900年代にかけて続いた長期帝国です。

小アジアを拠点に、[アラブ半島 → バルカン半島 → 北アフリカ]に進出 ─ 。

長いあいだ、ヨーロッパ諸国に脅威をあたえつつ、中東地域を支配しました。

「オスマン帝国」については、こちらの記事で、くわしく説明しています。

中東の歴史⑤ ─ 近代世界

以降、中東地域は、ヨーロッパに端を発する〝近代化の波〟に巻き込まれていきます。

世界は、ヨーロッパ地域にとどまらず、地球規模で時代が動いていきます。

全人類を巻き込み、「近代世界」へ突入していきます。

近代世界の大まかな流れは、こちらの記事で、くわしく説明しています。

まとめ

まとめると、

りきぞう

・中東の歴史は、[古代オリエント → ペルシャ帝国 → イスラム世界 → オスマン帝国→ 近代世界]の流れをおさえると、すっきり理解できる
・大事なキーワードは、「シュメール人」「アケメネス朝/ササン朝」「アッラー」「ウイーン包囲」など
・重要な人物は、「アッシュール=バニパル」「ダレイオス1世」「ムハンマド」「メフメト2世」など

といったかんじ。

この記事が、「中東の歴史を知りたい人」の参考になれば、うれしいです。

ではまた〜。