ペルシャ帝国の流れ ─ イラン・首都・領土・文化・宗教・ローマ帝国・アケメネス朝・アルサケス朝・ササン朝

どうも、りきぞうです。

大学のころから、世界史に親しんできました。

大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。

・ペルシャ帝国の流れを知りたい
・大事なキーワード&人物は?
・各時代のポイントは?

きょうは、この問いに答えていきます。

ペルシャ帝国の歴史は、つぎの流れをおさえると、すっきり理解できます。

アケメネス朝ペルシャ

アルサケス朝パルティア

ササン朝ペルシア

以下、各時代のキーワード・重要人物・ポイントをあげて、解説していきます。

なお、この記事では、つぎの本を参考にしました。

ペルシャ帝国の流れ① ─ アケメネス朝ペルシャ

アケメネス朝ペルシャの国旗

アケメネス朝ペルシャのキーワード・重要人物・ポイントは、つぎのとおり。

キーワード
・サトラップ
・王の目&王の耳
・王の道
・ペルセポリス
・ゾロアスター教
・ペルシャ戦争
重要人物
・キュロス2世
・カンビュセス2世
・ダレイオス1世
・ダレイオス3世
ポイント
・オリエント一帯を統一したアケメネス朝は、各地にサトラップをおいたうえで、「王の目」「王の耳」とよばれた監察官を派遣し、広大な領土を統治した

4王国分立時代をへて、メディアを滅ぼしたアケメネス朝が台頭します。

[キュロス2世 → カンビュセス2世 → ダレイオス1世]とつづいたアケメネス朝では、以前のアッシリア帝国のしくみの利用しながら、オリエント全体を支配します。

アケメネス朝にかんしては、統治制度や移民政策のなかみをおさえるのがポイントです。

また、ペルシャ文字やゾロアスター教など、ペルシャ文化の基盤もアケメネス朝時代に形づくられました。

くわえてダレイオス1世のときには世界史上では有名なペルシャ戦争も起きています。

そのあたりの文化形成や外交関係もつかんでおきたいところです。

出典:『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』

詳しく内容は、こちらに書きました。ご参考にどうぞ。

ペルシャ帝国の流れ② ─ アルサケス朝パルティア

パルティア時代の絵画

アルサケス朝パルティアのキーワード・重要人物・ポイントは、つぎのとおり。

キーワード
・クテシフォン
・安息
重要人物
・ミトラダデス王
ポイント
・イラン系遊牧民のアルサケス朝パルティアは、前半期はヘレニズム文化の影響をうけ、後半期はイランの伝統文化が復活した

アケメネス朝を滅ぼしたアレクサンドロス大王がヘレニズム文化をもたらしたあとを経て、イラン地域を中心に、アルサケス朝パルティアが台頭します。

かれらはイラン系でしたが、もともとは遊牧民で複数を拠点をもちながら、オリエント一帯を統治しました。

いまだ謎の多いパルティア王朝ですが、前半期はヘレニズム文化に影響をうけて、後半期はイランの伝統文化を復活させた点をおさえておくのがポイントです。

出典:『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』

詳しい内容は、こちらです。

ペルシャ帝国の流れ③ ─ ササン朝ペルシア

ササン朝ペルシア

ササン朝ペルシアのキーワード・重要人物・ポイントは、つぎのとおり。

キーワード
・エフタル
・突厥
・ニハーヴァントの戦い
・ゾロアスター教
・『アヴェスター』
・マニ教
重要人物
・アンダシール1世
・シャープール1世
・ホスロー1世
ポイント
・ゾロアスター教が国教となったササン朝では、イランの伝統文化が完成した

パルティアを滅ぼし、独立を果たしたのがササン朝ペルシャです。

かつて繁栄をほこったアケメネス朝の継承国を名のり、パルティアに代わって〝イランブランド〟にもとづく政治運営をおこなうことを宣言します。

シャープール1世やホスロー1世などの有能な君主が生まれたのもササン朝ペルシャの特徴です。

ササン朝にかんしては、ゾロアスター教が国教となった点と、イランの伝統文化が復興し完成に至ったことをおさえるのがポイントです。

また西のローマ帝国とメソポタミア地域の国境をめぐり、たびたび争ったことを知っておきたいところです。

出典:『一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書』

詳しくは、こちらをどうぞ。

おわりに

ペルシャ帝国の流れをみてきました。

つぎの流れをたどると、ペルシャ帝国の歴史はすっきり把握できます。

アケメネス朝ペルシャ

アルサケス朝パルティア

ササン朝ペルシア

この記事が、ペルシャ帝国を理解したい人のヒントになれば、うれしいです。

では、また。