どうも、りきぞうです。
大学のころから、世界史に親しんできました。
大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。
きょうはつぎの本を紹介します。
目次
『世界の歴史 5 ギリシアとローマ』概要
まずは本書全体の目次から。こんなかんじです。
1 東地中海世界の黎明
2 ギリシア世界の形成 ─ 新たなる飛躍
3 前古典期のポリス社会
4 二つの大戦と古典期ギリシア
5 ギリシアからローマへ ─ ポリスの終焉
第2部 ローマの興亡
1 エトルリアとローマ ─ 伝説のなかから
2 地中海の覇者へ
3 第一人者とローマの運命
4 平和と繁栄のなかで ─ ローマ人の日常生活
5 帝国の陰影 ─ 属州の栄華と重圧
6 地中海帝国の変貌
第1部は、古代ギリシャ ─ 。
ミケーネ文明のおこりから、ヘレニズム時代までをあつかいます。
第2部は、古代ローマ ─ 。
ロムルス神話から、西ローマ帝国滅亡までです。
どちらの著者も、ほかにたくさんの本を出しているので、語り口もやさしく、楽しく読めます。
政治史だけではなく、人びとの日常なども描いています。そのため、当時のようすが身近に感じられて、ギリシャ&ローマの時代をより深く知ることできます。(とくに、お金&恋愛面など)
本書はシリーズ本ですが、ほかの巻にくらべて、バツグンのおもしろさです。
『世界の歴史 5 ギリシャとローマ』詳細
以下、気になるトコをあげていきます。
つぎの2点です。
- 密集隊戦術とポリス秩序
- オクタウィアヌスのバランス感覚
それぞれ、みていきます。
密集隊戦術とポリス秩序
まずは、古代ギリシャ ─ 。
ギリシャといえば、「ポリス(都市国家)」ですね。その成り立ちについて、だれでも興味あるトコです。
なぜ、投票(参政権)をベースにした、政治形態ができあがったのか?
本書では、軍隊の戦術=密集隊戦術が、大きく関わっている、とします。
密集隊戦術では、兵士同士がすきまなく横にならび、敵相手にすすんでいくかたちをとります。
当然ながら、散り散りならないためにも、日ごろからみんなでトレーニングをおこない、確固とした連帯意識をつくりあげる必要があります。
それぞれのメンバーがおたがいに信頼をよせあい、つよい絆をつむいでいく ─ これがポリスの秩序形成につながったのではないか。
戦争には平民をふくめ、できるだけ多数のポリス成員の参加が求められることとなった〔略〕密集隊戦術は、市民共同体の本質を規定するほどの意義をもっていた。(p.103)3章
兵士参加の背景には、平民の経済的な豊かさがあります。
それまでポリスでは、一部の富裕層(貴族)しか、軍に参加できませんでした。というのも、武器&兵たんが、すべて自前だったからです。
しかし、前8世紀後半ごろから、一般市民も豊かになり、武器につかう金属もつかえるようになります。
そのため、軍参加もスムーズになり、ポリスの防衛をになえるようになりました。その結果、人びとの意見(キモチ)を重視した、政治形態ができあがった、というわけです。
反論もありそうですが、わりと説得力のある因果関係かなぁと、思います。
みんなで命をかけて国を守っていれば、ポリス内のつながりは、それだけ強固になりますから。
執拗なほどの密集隊戦術へのこだわりは、ギリシャ人にとって市民共同体としてのポリスの秩序維持が、最優先課題であったからなのかもしれない。(p.104)3章
オクタウィアヌスのバランス感覚
BC.509年以降、ローマは「共和政」をとっていました。その後、「内乱の1世紀」をへて「帝政」へと移っていきます。
その立役者は、ご存知のとおり「カエサル」です。
しかし、元老院をふくめて周囲への根回しを怠った彼は、反感をかって、殺されてしまいます(「ブルゥータスおまえもか」)。
あとを継いだのが、カエサルの甥っ子「オクタウィアヌス」でした。
教科書でも述べられているとおり、オクタウィアヌス以降、ローマは共和政をすてさり、帝政(元首政)へと、完全に移行します。
しかし、よくよく考えてみれば、オクタウィアヌスの政治能力は、すさまじいものがあります。というのも、まだこのとき、元老院も民会もふくめて、「共和政を継続したほうがいい」という雰囲気がただよっていました。
じじつカエサルは、みずからを「終身の執政官」だと宣言し、共和政を放棄 ─ それにより殺されてしまいました。
そんな流れのなかで、オクタウィアヌスは、できるだけ対立をさけながら、[共和政 → 帝政]への移行をなしとげてしまいます。
くわしい戦術&経緯は本文にゆずりますが、元老院にたいしても、民会(民衆)にたいしても、うまく立ちまわって、自身を「皇帝」の立場におしあげるプロセスが、わかりやすく描かれています。
アウグストゥス〔オクタウィアヌス〕体制が共和政の復興をたてまえとしていたことに異論はないだろう。〔略〕共和政を尊重するかぎり、元首〔皇帝〕は、その公職体系の枠内にあるべきなのだ。〔略〕共和政国家の枠内での一人支配。それは元首の独裁政をうまく覆い隠すものであった。(p.368)9章
著者の本村さんは、オクタウィアヌスの政治感覚を、彼自身の人柄や友人関係から評価しています。
カリスマ性のあるカエサルは、コミュニーケーション能力が高く、だれからも好かれる存在でした。反対に、甥っ子のオクタウィアヌスは、きまじめで、話しかけづらい。まわりから愛させる存在ではありませんでした。
しかし、人びとのこころを手だまにとるカエサルには、ほんとうの友人といえる者はいませんでした。そのために、「終身執政官」の宣言など、いざという政治決断のときに、まわりから冷めた目でみられ、殺されてしまった。
いっぽう、オクタウィアヌスは、人付き合いはわるくても、信頼できる少数の親族&友人にかこまれていました。
結果、かれらの協力のもと、円滑な政治運営 or 根回しができて、皇帝としての道を歩むことができました。
カエサルは大スター型の人物であり、アウグストゥスは黒幕型の人物だったのではないか。だれからも「わが友」でありながら、だれをも「わが友」と思わなかったカエサル。それにくらべて、アウグストゥスは、だれもが「わが友」と親しめる相手ではなかったが、少数の「わが友」と、真の友情にむすばれていた。世界史のうえで、比類ないほど大きな政治家であるふたりを比較するとき、そこには大スターのさびしさと、黒幕のぬくもりが感じられるような気がする。(p.371)9章
歴史を動かす要因はさまざまですが、君主のパーソナリティが、大きく関わっている ─ その典型を、カエサル/オクタウィアヌスの対比にみることができます。
おわりに
本書は、「詳しさ」と「分かりやすさ」が、ほどよくマッチしています。
世界史学習にはぴったりなので、ぜひ手にとってみてください。


