どうも、りきぞう(@rikizoamaya)です。
大学院では、キャリア論と社会保障を研究していました。
社会人なってからは、予備校講師 → ウェブディレクター → ライターと、いろんな職業にたずさわってきました。
働き方についても、契約社員 → 正社員 → フリーランスと、ひと通り経験してきました。
働くなかで思うのは、自分の市場価値をアップするには「教養」が大切だということ。
・発想がすごいなぁ
と、思う人は、キホン、教養を身につけています。
なかでも、重要なのは「世界史」です。
ここ数年、ビジネスマンの必須知識として「世界史」が注目をあつめています。
ネット時代をむかえ、グローバル化が加速しているからです。
世界史では、エリア別の流れも大切ですが、地域間の交流・交易にも目をくばる必要があります。
とはいえ、ひとくちに交易といっても、あつかう年代も長く、範囲も広い。
理解するのも、一苦労です。
そんなとき、つぎの本をみつめました。
著者は、イベリアおよびイベロアメリカ文化史の専門家。
じつは、この方が、世界史用語でおなじみの「大航海時代」という言葉をつくりました。
本書は、それまでの書籍・論文をベースに、大航海時代の流れを説明します。
タイトルどおり、たくさんの図説・写真をのせているため、たいへんわかりやすいです。
テキストが苦手な人でも、挿絵や地図をみているだけでも、たのしいと思います。
ちなみに、いまの教科書では「大航海時代」という言いまわしされず、「大交易時代」とよばれるのがフツーです。
「大航海時代」と名まえは、ヨーロッパ諸国が、アメリカ・アフリカ・アジアなど、未開の土地を発見したニュアンスがつよい。
しかし、西欧諸国が〝見つける〟まえに、その土地の人びとは交易をおこなっていました。
ヨーロッパ中心の視点から抜け出すために、いまでは「大交易時代」とよばれます。
とはいえ、本書は、交易時代を理解・把握するには、もってこいの1冊です。
絵と地図も多めで、テキストも最低限におさえています。
わかりやすさの面では、チェックしてみる価値はあります。
目次
増田義郎『図説 大航海時代』の概要
まずは、目次。こんなかんじです。
・陸の道と海の路
・地中海世界とインド洋
・インド洋世界の発展
・騎士・商人・伝道者
第2部 大航海時代
・ジェノヴァとポルトガル
・コロンブスとインディアス
・ポルトガルのアジア進出
・香料諸島をめぐる争い
・大航海時代と近代世界
1部で、大航海時代のまえ、当時の交易・貿易のようすをみていきます。
大西洋航路がなく、まだアメリカ大陸が発見されていない時代 ─ 。
海洋交易の中心は、[地中海 → 紅海 → アラビア湾 → インド洋]にかけてでした。
陸路での貿易をふくめ、ユーラシア大陸・内部&周辺が、交易の中心でした。
古代〜中世にかけて、交易の流れをたどっていきます。
2部では、大航海時代の経緯&中身をみていきます。
なぜ、ポルトガルやスペインなど、ヨーロッパ諸国が、海洋交易に乗りだしたのか ─ などなど、交易時代をもたらした要因を述べていきます。
[コロンブス → ガマ → マゼラン]といった人物から、西欧諸国が、領域を拡大するプロセスをみていきます。
順々にみていくと、ひとつのストーリーとして理解できます。
もちろん、目次をみて、気になる人物のトコだけでもオーケーです。
写真&地図が多めなので、さらっとながめるくらいでも良いと思います。
増田義郎『図説 大航海時代』の詳細
以下、気になったトコをみていきます。
大航海時代をもたらした要因
述べたとおり、大航海時代まえは、ユーラシア大陸を中心に、交易は盛んにおこなわれていました。

とくに、モンゴル帝国が大陸全体を統治したときは、もっとも活発になされていました。

どちらかといえば、ヨーロッパ地域は「辺境」に位置しており、交易ネットワークにカラんでいませんでした。
そんなヨーロッパ諸国が、1500年代に、なぜ海洋交易に乗りだしたんでしょうか。
イチバンの要因は、
からです。
1400年代中ごろから、オスマン帝国が台頭してきます。
それまでは、ヨーロッパ諸国と、同じ宗教・価値観をもつ「ビザンツ帝国」が、東地中海をおさえ、交易ルートを確保していました。
しかし1453年に、ビザンツ帝国がオスマン帝国に占領されると、貿易の状況が、一気に変わります。
なかでも、ビザンツ帝国のもとで、貿易業をおこなっていた「イタリア商人」にとっては大打撃でした。
どうにかオスマン帝国とも貿易権をめぐり交渉をつづけますが、以前のような利益を出すことができません。
ビザンツ帝国の弱みにつけこみ、イタリア商人たちにとって、オスマン帝国の登場は大きな痛手だった。当然、東地中海におけるヴェネツィアやジェノヴァの商業活動は制約をうけ、オスマン側と交渉しなければ商売はつづけられなかった。(p.046)
とくに、貿易で成り立つ「ジェノヴァ」は、新たな交易ルートを探すことに必死でした。
東部での交易はあきらめて、目線を西部に向けることになります。
〔……〕イタリア人たちの目が西に向かいはじめたのは当然である。ヴェネツィアも、トリポリ・チェニス・アルジェ・ボーヌ・オランなどで、北アフリカ諸港との貿易をおこない、〔……〕マムルーク朝のアレクサンドリアとの香料貿易という切札をにぎっていた。しかし、そういうものをもたないジェノヴァにとっては、東地中海での損失をおぎなう血路を見いだすことは、至上命令であったろう。(p.047)
ジェノヴァ商人とポルトガル・スペインの協力
そこで、東地中海ではなく、大西洋まわりで、[インド → アジア]との貿易ができるよう模索します。
ちょうどその当時、大西洋に面した、ポルトガル&スペインも、軍事面から領土拡大をねらっていました。
おもわくが一致したジェノヴァ商人とポルトガル&スペインは手を組みます。
さっそくジェノヴァ商会は、ポルトガルに資金援助・技術支援をおこない、海洋交易に乗り出していきます。
ポルトガルの海事にたいする関心は、ジェノヴァ人のそれと一致していた。そこで14世紀中に、ピサーニ・コッタなどのジェノヴァ商会が、ポルトガル王と協約をむすび、〔……〕資金と技術を提供しはじめ、フィレンツェの〔……〕商会も、これに加わった。そこで、大西洋の島々での経営や、西アフリカ各地での交易などには、いつもイタリア人、とくにジェノヴァ人の資本が加わって、重要な役割をはたすことになる。(p.049)
このような背景・要因から、「大航海時代=大交易時代」はスタートしました。
大航海時代のプロセス&なかみ
ポルトガル&スペインが、世界の交易ルートを確保するには、長い時間がかかりました。
もちろん、たくさんの人たちが携わり、協力しました。
そのなかで、つぎの3人による成果・快挙をみると、領域拡大の流れが、スッキリ理解できます。
② ガマ → 西アフリカ&インド洋の航行
③ マゼラン → 世界一周
ひとつひとつみていきます。
① コロンブス → 大西洋横断
ご存知のとおり、さいしょに大西洋横断を果たしたのは、コロンブスです。
かれもまたイタリア商人で、スペイン女王「イザベル」との商談のすえに、航海に乗りだしました。
ルートはこちらです。

おもしろいのは、コロンブスは、アメリカ大陸を発見するために、大西洋を渡ったわけでない点です。
見つけようとしていたのは、インド諸島 ─ 。
交易ルートを確保するため、東地中海ではなく、大西洋まわりで、インド洋に抜けるのが目的でした。
ちなみに、当時、コロンブスが見ていたと思われる地図はこちらです。

当然、アメリカ大陸は描かれず、ヨーロッパ地域とアジア地域の距離が、とても近い ─ 。
このマップをイメージしながら、コロンブスは航海にのぞんだわけです。
ちなみに、かれは死ぬまで、自分はインドにいると思いこんでいたというエピソードがありますが、じっさいはちがうそうです。
新大陸を発見したとは知らなかったそうですが、ここがインド諸島ではなく、べつの場所であることは認識していたみたいです。
② ガマ → 西アフリカ&インド洋の航行
つぎはガマです。
宮廷に仕え、航海技術を学んでいたかれは、ポルトガルの依頼・支援のもと、航海をおこないます。
もちろん、交易ルートの確保のためで、[西アフリカ → 南アフリカ → アラビア湾 → インド洋]を抜ける計画でした。
当時は、アフリカ大陸を南に下ると「突端」があるとわかっていませんでした。
コロンブスがアメリカ大陸に渡ったころ、アフリカ大陸が途切れている事実を見つけたことで「偉業」とされました。
その海域は「喜望峰(きぼうほう)」とよばれます。
とはいえ、じつはむかしから「アラビア商人」が、[喜望峰 → アラビア湾 → インド洋]にかけて、交易をおこなっていました。
その意味で、ガマが〝発見した〟というのは、西欧サイドの見方・視点にすぎません。
しかし、ヨーロッパ人が、はじめて喜望峰まわりのルートを渡ったのは、たしかです。
その意味では、成果・偉業といえるのもしれません。
ちなみに、ガマがたどったルートは、こちらです。

さらに、かれが、アフリカまわりの交易ルートを開拓したことで、ポルトガル&スペインは、インド&アジア都の貿易をさかんにおこなうようになります。
オスマン帝国がおさめる「東地中海」経由の交易ルートを確保したことで、繁栄することになります。

③ マゼラン → 世界一周
さいごが、マゼランです。
かれは、[大西洋 → 南アメリカ → 太平洋 → 東南アジア → インド → ヨーロッパ]をへて、人類ではじめて、世界一周を達成しました。

しかし、事実はすこし違います。
じつは、南アメリカを抜け、東南アジア諸島には渡ったんですが、かれはフィリピンの原住民に殺されてしまいます。
そこから、[インド → ヨーロッパ]へ渡ったのは、かれが率いた船員で、それもスペイン官軍につかまり、捕虜として、ヨーロッパに戻ってきました。
とはいえ、いちおう、かれの船が世界一周をしたのは、教科書では、マゼランが世界一周を果たしたことになっています。
ちなみに、太平洋間の交易という意味では、「ウルダネータ」という航海士の成果のほうが重要です。
かれは、はじめて、アメリカ大陸&東南アジアのあいだを往復し、交易ルートを確立します。
ほぼ無名ですが、世界史においては、もっとスポットライトがあたってもいい人物です。

おわりに
本書は、大航海時代の流れを知るには、おすすめの1冊です。
たくさんの地図&写真をのせ、交易時代の背景・展開・影響を、わかりやすく理解できます。
人物のエピソードも、豊富に記してあるので、冒険譚(ぼうけんたん)としても、おもしろいかもです。
よければチェックしてみてください。
ではまた〜。

