大学院では、社会学をベースに労働問題や社会保障について研究していました。
いまでも、経済や仕事をテーマにした本を、月10冊くらいのペースで読んでいます。
さいきんも、ちきりんさんの本を読んで、いろいろと考えさせらました。
この本などを参考に、これからの働き方や福祉制度の流れをみて思うのは、21世紀は退屈との闘いになるということ。
20世紀は不安との闘いで、いまでもたくさんの人が〝先行きの見えない未来〟にアタマを悩ませていますが、21世紀は〝人生のつまらなさ〟をいかにやり過ごすかが問題になりそうです。
すこしばかり哲学的なテーマですが、きょうはこの話題を考えてみます。
生活は満たされている一方で、仕事がつまらない or やる気がでない──。
そんなふうに感じている人に、なにかしらのヒントになればうれしいです。
目次
退屈との闘いがおとずれる理由
21世紀は退屈との闘いになります。
その理由は、これから仕事や生活の面で、手間や苦労がなくなっていくからです。
具体的には、つぎの2つです。
- ① 生産の自動化
- ② 福祉の充実
カンタンに説明します。
① 生産の自動化
AI(人工知能)や IoT(モノのネット化)などのフレーズは知られていますね。
テクノロジーの飛躍によって、今後ますます経済の生産性は向上します。
行きつくとこまでいくと、あらゆる業種で、人手を借りずに、モノ&サービスを生みだせるようになる、といわれています。
生産の自動化です。
うえにあげた、ちきりんさんの本では、この事態を「高生産性シフト」をよんでいます。
また、経済学者の井上智洋さんは、AI の急速な進歩により、人が介入しなくても生産できるようになり、労働そのものが不要になると指摘しています。
ここまで極端な状況になるかはわかりません。
しかし、モノを生産するうえで、人の労力がかからなくなるのは、まちがいなさそうです。
じっさい大企業では、「週休三日」にしたりと、労働時間をけずる方向に動いています。
となると、これまで仕事で埋められた時間が、あまるようになります。
そう、単純にヒマになるんです。
いまは大半の時間を「労働」が占めています。
けれど、「生産の自動化」で、この時間が根こそぎ〝あぶれる〟。
増加する余暇(ヒマ)を、どう飼いならすか ─ 。
これが「21世紀は退屈との闘いとなる」1つ目の理由です。
② 福祉の充実
「生産の自動化」がすすめば、労働で生計を立てていた人たちが、自立できなくなります。
そこで、よくいわれる対策が、「BI(ベーシックインカム)」です。
生産が自動化によって、社会に適応できない人たちにたいして、「最低限の生活給付」を保証する制度です。
「ほどこし」「お情け」という側面もありますが、どちらかといえば「利益を求めるが故の選択」といえます。
「AI」や「IoT」の進歩により、キカイのほうが効率がよくなれば、わざわざ人を雇う・使う必要はありません。
生産活動から手をひいてもらうために、(経営者などが)戦略的におカネを与えるのです。
つまり、これからじょじょに福祉制度が充実していき、生活上の苦労がなくなっていきます。
もちろん、BI が普及するのはたいぶ先かもしれませんが、現状でも生活保護制度があります。
いまではまだ「もらうのはハズかしい」というのがフツーの感覚ですが、もしこの〝心理的な障壁〟がなくなれば、生活上の負担はない等しいものとなります。
制度自体はいまでも整っていて、ネックとなっている〝自尊心〟だけです。
どんなに貧しくても、日本にいるかぎりは暮らせるわけで、じっさいには飢餓に至らないという意味では、負担はないわけです。
いずれにしても、BI が普及したり、生活保護が〝あたりまえ〟になると、生活上の苦労がなくなります。
そしてこのような状況が、ひとりひとりに退屈をもらすようになります。
ムリして働くなくてもいいうえに、最低限の生活も保障される──。
ヒマでヒマでしかたなく、なにをしていいかわからない──退屈をいかにやり過ごすかが問題になってくるわけです。
20世紀は不安の時代だった
ちなみに、20世紀は不安の時代でした。
その理由はハッキリしています。
生産性が低いため、飢饉・飢餓に悩まされ、生活を保障する制度も整っていなかったからです。
つまり、これから予想される状況とは、逆のことが起こっていました。
「あした食べるものがない」、いざとなったとき「生活を支えるしくみ」がないとなれば心配になります。
そのため、ふだんの心持ちとしては「不安」がしめ、それにあわせたビジネスが生まれ、制度もつくられてきたわけです。
退屈に陥らないためには?
では、退屈が問題になる将来において、いまのうちになにをしておけばいいでしょうか。
わたしが考える対策はつぎの2つです。
- ① 仕事の多角化
- ② 複集団への所属
カンタンに説明します。
① 仕事の多角化(=パラレル・ワーク)
いまも副業 or 複業がさけばれていますが、どちらかといえば生活防衛の意味あいがつよいです。
ほかの職をつくことで〝食いっぱぐれ〟を防ぐのもいいですが、退屈に陥らないためにも、さまざまな職につくのが得策です。
理由は単純で、いろいろやっていれば、忙しくなり、充実するからです。
たしかに、これまでのように、単一労働(=シングル・ワーク)でもやっていけるでしょう。
とはいえ、その仕事がキカイによって代替されるかわからないうえに、「人生は長い」ときています。
飽きるのは目にみえています。
そんな事態を避けるためにも、複数の職業やスキルを身につけておくほうがベターです。
② 複集団への所属(=マルチ・コミュニティ)
福祉制度が充実がするとはいっても、それは物理的な満足をもたらすだけです。
「食って寝て」をくりかえす生活──。
すこし想像すればわかりますが、そんな暮らしが退屈なのは明らかです。
さいあく、人生の無意味さを感じ、生きてるのがイヤになるかもしれません。
そんな状況に陥らないためにも、コミュニティへの所属がカギになります。
それもひとつだけではなく、複数のグループに参加しておくと、退屈に陥らず、充実した暮らしをおくれるようになります。
これまでは、ライフステージにあわせて、単一の集団に属するのがキホンでした。
幼少期は家族 → 青年期は学校 → 壮年期は企業・組織 → 老年期は施設といったように。
しかし、労働にかける時間が減り、ヒマがあふれる時代では、ひとつのコミュニティに属するのは、あまりにもったいない。
複数のグループに所属して、自分なりのスキルをみつけるなり、もっているスキルを役立てたほうが、退屈をやり過ごせるし、人生を充実させられます。
まとめ
退屈についてのべてきました。
これから経済環境や社会保障のあり方を考えると、21世紀は退屈が問題になってきます。
20世紀までは、飢饉や飢餓に悩まされ、心理的には「不安」をつねに感じてきました。
しかしこれからますます生産性が向上し、世界全体が豊かになっていきます。
そうなったとき、わたしたちはありあまる時間をどう扱っていくか問題になるはずです。
退屈に苦しまないためにも、いまのうちに対策を立てておいたほうがよさそうです。
「仕事がつまらない」「なにをしてもおもしろくない」──すでにそう感じている人にとっても、この記事がなにかのヒントになれば、うれしいです。
ではまたー。