どうも、りきぞうです。
きょうは、「態度が人に与える影響」について、考えました。
※ 本文の引用は、最下部の文献によります。
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タイトルどおり、怒りも喜びも、言葉ではなく態度により伝わる。
相手を怒らせたり、喜ばせたり場面をふりかえれば、あたりまえのことである。
けれどわたしたちは、この事実を、つい忘れてしまう。
言葉に過剰な信頼を寄せているためか、態度もいっしょに伝えていることに、気づかずにいる。
しかしファニーは、自分の言ったことはわかっていたが、自分の態度はわかっていなかった。つまり彼女は、救いがたいほど、やさしい態度だったのだ(p.497)
─ ジェイン・オースティン『マンスフィールド・パーク』33章
それは、本人の習慣(クセ)になっているために、忘れてしまっている場合が多い。
わたし自身も、カノジョにプレゼントをもらったときに、言葉では感謝のきもちを述べるにしても、態度では「ふーん」といった〝あっけらかん〟とした感じが伝わってしまい、幾度となく怒らせ、別れてしまった。
歴史をふりかえっても、「人とのやりとりにおいて、言葉よりも態度のほうが、いかに重要か」というエピソードであふれている。
たとえば、古代ローマの政治家「ユリウス・カエサル」は、弁論に長け、その言葉で民衆を魅力したが、そのいっぽうで指で頭をかくことをクセにしていた。
こうすることで「余裕のあるさま」をみせ、これがまた、トレードマークとなり、さらにカエサルの魅力を高めていった。
また、古代ギリシャの政治家「ペリクレイス」についても、態度にかんして、おもしろいエピソードがある。
かれが、あの細長い顔で〝むっつり〟と座っているとき、友人から「あれは、ひとから褒められるため、名誉欲をみたすために、真面目なふりをしているのだ」と、ののしられた。
すると、そんな陰口を言う人たちにたいして、ペリクレイスの師である哲学者「ゼノン」は、
と、返されてしまったという。(プルタルコス『英雄伝2』「ペリクレイス」5)
態度は、他人の感情はもちろん、本人の意識&行動さえも変える。
◯
また、やりがちなのは、態度により、相手にあたえた感情を、どうにか言葉で変えようとすること。
もはや修正・修復は不可能と分かっているのに、言葉にしがみつき、あの手この手で、レトリックをくりかえす。
しゃべるほどに、態度も伝わっていることを忘れ、相手の怒り・悲しみを増長させ、結果、ドロ沼にはまる。
話は、口の締まりなさの連鎖によって、子孫を増やし、倍増させていくことになる(p.252)
─ プルタルコス『お喋りについて』10
怒らせた相手に、機嫌をとりもどしてもらおうと、ありったけの言葉を吐いても、事態はますます深刻になる。
それなりに生きていれば、だれにも起こることだろう。
では言葉をおさえ、態度で示そうとすれば良いのかといえば、こちらもムダ。
いったん動き出した感情は、なかなか止まってくれない。
(意図せず)怒らせる or 喜ばせてしまったら、誤解が解けるのを、待つしかない。
ふたりのカンケーに距離をおき、さいあく、終わらせるしかない。
ヴァレール 〔……〕ところであまりお忙しくないようでしたら、ときどき晩御飯のあとでも、おうかがいしたいんですが。
─ モリエール『亭主学校』1幕 3
スガナレル さようなら。(p.59)
わたしたちは悲しいくらい、忘れっぽい動物だ。
怒り・喜びなど、たいていの感情は、言葉ではなく態度によって伝わる ─ 。
どんな相手であろうと、やりとりするときには、言葉といっしょに態度も伝わっている ─ 。
この事実を、つねに胸にとめておきたい。
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では、お元気で。