どうも、りきぞうです。
大学のころから、世界史に親しんできました。
大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。
・大事なキーワード&人物は?
・この時代のポイントは?
きょうは、この問いに答えていきます。
答えは、つぎのとおり。
・駅伝制
・バベルの塔
・空中庭園
・ネプカドネザル
この記事では、つぎの本を参考にしました。
目次
アッシリア帝国と4王国分立① ─ アッシュールバニパル

シュメール人が文明をきずいて以後、メソポタミア・シリア・エジプトの各地では、いくつも王権が権力争いをくりかえし、覇権をにぎろうとしてきました。
そんななか、3つの地域をおさめる国家があらわれます。
アッシリア帝国です。
アッシリア人であるかれらは、もともとメソポタミア西部にあるミタンニ王国につかえていました。しばらくして、ミタンニの勢力が衰えるのを見計らって、独立をはたします。
その後は、鉄製武器・戦車・騎馬兵をたくみにつかい、領土を拡大していきます。
アッシリアの軍事的拡大は、その強力な陸軍に支えられ、鉄製の武器と強力な弓で武装した、歩兵・騎兵・戦車隊、そして、土木技術を身につけた工兵隊をもちいて、さかんに征服活動をおこなった。(p.27)
─ 『詳説 世界史研究』
そしてついに、メソポタミア・シリア・エジプトをふくめたオリエント一帯の統一に成功します(B.C.7世紀ごろ)。
なかでもアッシューバニパルの活躍が目立っていました。彼はニネヴェに都をおき、図書館の建造までおこなっています(ニネヴェの大図書館)。
統治にかんしては領土内に駅伝制をしき、中央集権化をすすめていきます。全エリアを州に分けて、各地に総監を派遣します。これにより地方勢力をおさえ、効率よく税を徴収していきました。
また異民族にたいしては重い税を課し、ときには強制移住などの措置もおこないます。
しかし一連の強硬策はアッシリア帝国にとってアダとなります。圧政にたえかねた地方豪族や異民族がつぎつぎに反乱をおこし、それまで従っていたグループも反旗をひるがえします。
その結果、アッシリア帝国は100年も経たないうちに崩壊の道をたどり、滅亡します(急激な改革による反動は、かつてサルゴン1世のたてたアッカド王朝を思わせます)。
アッシリア帝国が滅びたあとは、かつての領土内に、
・リディア(アナトリア地域)
・メディア(イラン高原)
・新バビロニア(メソポタミア南部)
の4王国が並びたちます(4王国分立時代)。
以降、各国は政治的なかけひきをくりかえしながら、激しい領土争いをおこなっていきます。
アッシリア帝国と4王国分立② ─ 新バビロニア王国

4王国のなかでも、とくに目立っていたのが新バビロニア王国でした。
もともと、かれらが拠点とするメソポタミア南部のバビロンは、農業がさかんで、資源を豊富でした。そのため、すぐさま経済力をつけ、力をのばしていきます。
ネプカドネザル2世の治世では、『旧約聖書』で「バベルの塔」とよばれる、立派な建造物がたてられます。さらに空中庭園のような幻想的な施設もつくられ、権勢をほこります。
いっぽう、ネプカドネザルといえばバビロン捕囚をおこなった支配者として知られます。
パレスチナ南部をおさめいたユダ王国を滅亡させ、生き残った人たちを捕虜にしたうえで、バビロニアへ強制移住させました。このような虐げられた境遇のなかから、ヘブライ人のあいだでユダヤ教が生まれていきます。
けれどバビロニアの地に連行されたとはいえ、それなりの自治は認められていました。
『旧約聖書』で語られる「バビロン捕囚」については、物語要素がつよく、歴史的事実からみた場合、少々わりびいて考えないといけません。
おわりに
アッシリア帝国と4王国分立についてみてきました。
まとめると、こんなかんじです。
・大事なキーワード&人物は?
・この時代のポイントは?
・駅伝制
・バベルの塔
・空中庭園
・ネプカドネザル
この記事が、アッシリア帝国と4王国分立を知りたい人の参考になれば、うれしいです。
では、また。




