西アジアの民族運動 ─ オスマン帝国・イラン・カジャール朝・アフガーニー・青年トルコ人・タバコ=ボイコット運動【世界史】

どうも、りきぞうです。

大学のころから、世界史に親しんできました。

大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。

・西アジアの民族運動について知りたい
・大事なキーワードは?
・この時代のポイントは?

きょうは、この問いに答えていきます。

答えは、つぎのとおり。

キーワード
・青年トルコ人
・タバコ=ボイコット運動
・立憲革命
ポイント
・帝国主義時代のオスマン帝国では、スルタンの専制政治にたいして「青年トルコ人」が革命をおこして、ミドハト憲法&議会政治の復活をもたらした
・イランでは、タバコ=ボイコット運動がおこり、民族意識が急速に高まっていった

この記事では、つぎの本を参考にしました。

西アジアの民族運動① ─ アフガーニー

アフガーニー

それまで西アジア一帯はオスマン帝国の領地家にありました。

そんななか社会思想家のアフガーニーがパン=イスラーム主義を提唱します。これは、ヨーロッパの侵攻にたいしてイスラーム世界の団結を要求したものでした。

アフガーニーの主張はイスラームを信仰する国々に広まっていきます。

西アジアの民族運動② ─ 青年トルコ人

青年トルコ人

いっぽうオスマン帝国は、ロシア=トルコ戦争以降、スルタンのアブデュルハミト2世が専制政治をしき、統治運営にあたっていました。

彼の専制にたいしては、ミドハル憲法の復活を要求する青年トルコ人が立ち上がります。かれらはトルコ革命をおこして、みごと政権を奪取します。

これによりミドハル憲法と議会政治が復活しました。

しかしかれらはパン=トルコ主義を提唱したため、帝国内の非トルコ系の民族は、だんたんとトルコ領から離れていきます。

その影響からブルガリアが独立し、さらにトルコ半壊のすきをついて、オーストリアがボスニア・ヘルツェゴビナを併合します。

それでも青年トルコ人政府は、パン=トルコ主義を取り下げることはしませんでした。

そのなかで、イタリア=トルコ戦争、バルカン戦争が立てつづけにおこります。

かれらは約束どおり民主政をしいていましたが、軍事力低下のため、権力集中をおこなわざるをえなくなりました。

それにより青年トルコ人グループによる独裁の傾向が、だんだんとつよくなってしまいます。

西アジアの民族運動③ ─ タバコ=ボイコット運動

立憲革命2周年のようす

いっぽうトルコ西部のイランはカジャール朝が専制政治をしいていました。

諸外国で民族運動が高まるなかで、イランでもタバコ=ボイコット運動をおこります。

これは、

タバコの生産から輸出までをにぎるイギリスの会社にたいして、独占の撤回と、権利の譲渡を要求する運動

でした。

運動は功をそうし、イギリスはイランでの経済利権を手放すことになります。

タバコ=ボイコット運動の成功により、イランでは民主化運動がもりあがり、民衆意識も高揚していくことになります。

さらに約15年後、今度は立憲革命がおこります。

これは、第一次ロシア革命と日露戦争の影響で、知識人ウラマーたちが主導し、引き起こした民主化運動でした。

その結果、

・国民議会の開設
・憲法の発布

が実施され、民主化がすすんでいきました。

しかし、西アジアの利権をねらうイギリスとロシアは、この動きにノーをつきつきます。かれらは英露協商をむすび、イランにたいして政治干渉をはじめます。

それにより国民議会は閉鎖され、民主化運動も下火になっていきました。

おわりに

西アジアの民族運動をみてきました。

まとめると、こんなかんじです。

キーワード
・アフガーニー
・青年トルコ人
・タバコ=ボイコット運動
・立憲革命
ポイント
・帝国主義時代のオスマン帝国では、スルタンの専制政治にたいして「青年トルコ人」が革命をおこして、ミドハト憲法&議会政治の復活をもたらした
・イランでは、タバコ=ボイコット運動がおこり、民族意識が急速に高まっていった

この記事が、西アジアの民族運動を理解するさいのヒントになれば、うれしいです。

では、また。