世界の一体化 ─ 三角貿易・デメリット・問題・影響・事例【わかりやすく解説】

どうも、りきぞうです。

大学のころから、世界史に親しんできました。

大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。

・世界の一体化について知りたい
・大事なキーワードは?
・この時代のポイントは?

きょうは、この問いに答えていきます。

答えは、つぎのとおり。

キーワード
・砂糖プランテーション
・黒人奴隷
・三角貿易
・香辛料(東南アジア)
・綿布(インド)
・東インド会社(イギリス)
・アンボイナ事件
・西インド会社(オランダ)
・ニューアムステルダム
・ヴァージニア植民地
・ニューイングランド植民地
・13州植民地
ポイント
・[西ヨーロッパの武器 ⇆ アフリカの黒人奴隷 ⇆ 西インドの砂糖]の取り引きにより三角貿易が形成された

この記事では、つぎの本を参考にしました。

世界の一体化① ─ 砂糖生産貿易

砂糖プランテーション(西インド諸島)

大航海時代を経て、アメリカ大陸では、ヨーロッパによる植民地経営が本格的にスタートします。

そのなかでポルトガルは、いちはやくブラジルでサトウキビ栽培をおこないます。

つづいてイギリス&フランスが、西インド諸島で砂糖プランテーションの経営をおこないます。

ちょうどその頃のヨーロッパでは、コーヒーや紅茶の普及により砂糖への需要が高まっていました。

そのため、カリブ海地域での砂糖プランテーションの開発はますます発展し、大量の製品がヨーロッパ各地へ送られていきます。

いっぽう生産地域では、先住民たちが過酷な労働をしいられ、その結果、伝染病の蔓延などもあって、現地住民の人口は大きく減ってしまいました。

労働不足に直面したイギリス&フランスは、ギニアなどのアフリカ西海岸諸国から黒人奴隷を〝輸入〟します。

それにより労働力不足は解消されましたが、その後アメリカでは、このとき連れてこられた黒人が、人種差別の憂き目に合い、社会問題となっていきます(ご存知のとおり、黒人問題はいまでもアメリカ社会の〝ネック〟になっています)。

世界の一体化② ─ 三角貿易の成立

奴隷競売の広告(サウスカロライナ州)

アメリカ大陸からヨーロッパへの砂糖が輸出されるほかに、[アメリカ ⇄ ヨーロッパ ⇄ アフリカ]のあいだで、さまざまな商品がやりとりされるようになりました。

ここに三角貿易が成立します。

三角貿易とは、

・アメリカ大陸
↓ (タバコ&綿花&砂糖)
・ヨーロッパ
↓ (工業製品)
・アフリカ
↓(奴隷)
・アメリカ大陸

といった流れで展開される交易のことです。

出典:『詳説 世界史研究』

三角貿易をつくりあげたイギリスは、ユトレヒト条約締結によりアシエント地域を獲得します。

その結果、貿易港となったリヴァプール&ブリストルが繁栄し、資本が蓄積したことで、のちに産業革命がおこります。

北アメリカ大陸については、過酷な奴隷労働がなされるものの経済全体は成長し、それを知ったヨーロッパの人びとは、ぞくぞくと移り住んでいきます。

また、南のカリブ海地域でもモノカルチャー経済がすすみ、いったん繁栄をおうかします。けれど製品の多角化ができずに単体商品に依存するようになり、経済はじょじょに〝ジリ貧〟となっていきます。

アフリカにかんしては、数百万人の奴隷が〝輸出〟されたことで、人口減少に悩まされます。社会の活力も失われ、三角貿易成立後は、貧困地域へと転落していきます。

なお、学術上、

・アメリカ
・ヨーロッパ
・アフリカ

が、(不均衡かつ不平等な)交易関係がむすばれたことで「近代世界システム」が成立した、とされています。

世界の一体化③ ─ 商業覇権の展開

ニューネーデルランド植民地(1620年ごろ)

大西洋経済が形成されたことで、ヨーロッパでは世界市場を牛耳る経済覇権国が誕生します。

いっぱんに、さいしょはオランダが覇権をにぎり、つづいてイギリス&フランスが継承していく、とされます。

以下、各国の展開をみていきましょう。

オランダ

大西洋経済成立後、さいしょに経済覇権をにぎったのがオランダでした。

バルト海の中継貿易や加工業生産で経済力をつけたオランダは、大西洋経済にも乗りだし、こちらでも莫大な利益を獲得します。

西インド会社を設立し、

・ニューネーデルランド植民地
・ニューアムステルダム市

を建設し、ふたつの地区を大西洋貿易の拠点とします。

(ただし、のちにニューアムステルダム市はイギリスに占領され、ニューヨークに改称されます。これが原因となって、第二次イギリス=オランダ戦争が勃発します)

いっぽう東方でも、東南アジアからは香辛料を、インドから綿布を輸入し、それら主要製品をヨーロッパ各地で売りさばきます。

文字どおりオランダは世界経済を牛耳ることになり、経済覇権国の地位を獲得します。

イギリス

オランダに対抗し、経済覇権国を奪取しようとしたのがイギリスでした。

重商主義政策のもと、東インド会社を設立し、東方貿易の獲得をねらいます。

アンボイナ事件をおこしたのち、インド経営に専念し綿布を輸入します。

そのさいの貿易拠点は、

・マドラス
・ボンベイ
・カルカッタ

におかれました。

いっぽう西方では、アメリカ大陸のヴァージニアに植民地を建設します。

さらにイギリス本国で弾圧されたピューリタンたちがアメリカに移住し、ニューイングランド植民地をたてます。

その後もジョージアに植民地をつくり、これをもって13州植民地が成立します。

なお、どの植民地も自営農民や商工業者が中心で、かれらは出稼ぎではなく、永住を目的に新大陸へやってきました。これがアメリカ大陸経済の発展に大きく貢献しました。

フランス

イギリスからすこし遅れて参入したのがフランスでした。

フランスもまたオランダ&イギリスにならい、東インド会社を設立したうえで、インドに進出します。貿易拠点は、ポンディシェリ&シャンデルナゴにおかれました。

東方では、北アメリカのカナダに植民地をきずきます。17世紀初頭にはケベック市を、17世紀後半にはルイジアナ植民地を建設します。

移住した人たちは毛皮交易で生計をたて、カトリックの布教にもつとめました。

ただしイギリスの移住者とは異なり、どちらかといえば布教をメインに考えていたため、永住はせず一時的な滞在でおわりました。

おわりに

世界の一体化についてみてきました。

まとめると、こんなかんじです。

キーワード
・砂糖プランテーション
・黒人奴隷
・三角貿易
・香辛料(東南アジア)
・綿布(インド)
・東インド会社(イギリス)
・アンボイナ事件
・西インド会社(オランダ)
・ニューアムステルダム
・ヴァージニア植民地
・ニューイングランド植民地
・13州植民地
ポイント
・[西ヨーロッパの武器 ⇆ アフリカの黒人奴隷 ⇆ 西インドの砂糖]の取り引きにより三角貿易が形成された

この記事が、世界の一体化の理解するさいのヒントになれば、うれしいです。

では、また。