どうも、りきぞうです。
大学のころから、世界史に親しんできました。
大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。
・大事なキーワード&人物は?
・この時代のポイントは?
きょうは、この問いに答えていきます。
答えは、つぎのとおり。
・独ソ不可侵条約
・ポーランド侵攻
・日独伊三国同盟
・日ソ中立条約
・独ソ戦
・強制収容所
・大西洋憲章
・枢軸国/連合国
・テヘラン会談
・ノルマンディー上陸作戦
・ヤルタ会談&ヤルタ協定
・大東亜共栄圏
・真珠湾攻撃
・ミッドウェー海戦
・カイロ宣言
・沖縄戦
・ポツダム宣言
・ド=ゴール
・ルーズベルト
・チャーチル
・スターリン
・蒋介石
・第二次大戦の後半からイギリス&アメリカをはじめとする連合国側の反撃が始まり、ソ連はコミンテルンを解散した
・日本の真珠湾攻撃により、アメリカが参戦し、太平洋戦争が始まった
この記事では、つぎの本を参考にしました。
目次
第二次世界大戦① ─ ナチス=ドイツの侵略

ナチス=ドイツはヒトラーが国内で独裁をしいたのち、海外にたいして強権的な行動をつよめていきます。
まずはかつて同盟をむすんだ隣国オーストリアを併合します。
つづけてミュンヘン会談を開いたうえで、ズデーテン地方をめぐり、イギリス&フランス&イタリアとのあいだで会談をおこないます。
当時イギリスとフランスは国際協調路線をとっていました。そのため英首相のチェンバレンと、仏大統領ダラディエは宥和政策にもとづきヒトラーが要求するズデーテン地方の割譲を認めました。
イギリスとフランスの譲歩に警戒感をゆるめたヒトラーは、つづけて隣国のチェコスロバキアを解体したうえで、都市ベーメン&メーレンを併合し、スロバキアを保護国化します。
ヒトラーのこの行動にたいして周辺各国かが脅威を感じるなか、ナチス=ドイツはポーランドに目をつけ、都市ダンツィヒの返還と、ポーランド回廊を要求します。
当選ながらポーランドは拒否し、そこでドイツはいったん引き下がることにします。しかしその間、ソ連と提携し、秘密条約のかたちで、
・バルト三国
の分割を取り決めました(独ソ不可侵条約)。
ソ連としてはイギリス&フランスの宥和政策への不信感からドイツからの侵略を防ぐねらいがありました。いっぽうドイツとしては、東方侵攻後にソ連からの軍事支援を防ぐための条約締結でした。
こうして、まわりをかためたドイツは、ついにポーランドに侵攻します(ポーランド侵攻)。
これにとうとうしびれを切らしたイギリスとフランスが立ち上がり、ドイツに宣戦布告します。ここに第二次世界大戦が勃発します。
第二次世界大戦② ─ ヨーロッパ戦線

ポーランドとバルト三国への侵攻はねらいどおりすすみ、秘密条約に沿って、ふたつの地域はドイツとソ連によって占領されます。
そのさいソ連はフィンランドと争い(ソ連=フィンランド戦争)、これにより国際連盟から除名されます。
いっぽう勢いにのるドイツは、バルト三国のデンマークとノルウェーのほかに、
・ベルギー
も占領します。
ドーバー海峡をはさんで向かいに位置するイギリスではチェンバレンに代わりチャーチルが首相に就任します(チャーチル内閣の成立)。
彼はドイツにたいして徹底抗戦のかまえをみせて、ドイツ軍のブリテン諸島への上陸を阻止しようとします。
その翌月にはイタリアも参戦を決め、関係をむすんでいたドイツに加担します。
いっぽうフランスは北部をドイツ軍に攻められ降伏を余儀なくなれます。しかし南部ではヴィージー政府が成立し、ペタンを首班とする対ドイツ協力政権がうまれます。
またロンドンに亡命していたド=ゴールはレジスタンス運動を展開して、自由フランス政府を成立させます。
フランスは北部をドイツ軍に占領地されたものの、北からド=ゴール政府が、南からはヴィシー政府が、ひきつづき抵抗のかまえをみせていました。
いっぽう周辺エリアをおさめたドイツは、同時期に中国侵攻を始めた日本と手をむすびます。イタリアをまきこんだうえで日独伊三国同盟を成立させます。
こうしてユーラシア大陸の両側でおきる大戦に脅威をいだいたのがアメリカでした。
それまで「ヨーロッパ大陸の争いにできるかぎり首をつっこまない」としていたアメリカは、ここで重い腰をもちあげます。
国内で武器貸与法を成立させたうえで、ドイツに敵対するイギリスに軍事品の供給を始めます。これによりドイツをはじめ、イタリアや日本にたいしても反ファシズムを姿勢をあきらかにしました。
それでも軍の侵攻を止めないドイツは、バルカン半島を制圧します。これにたいしてさすがに危機感をもった条約をむすんでいたソ連でした。
このままではドイツによるソ連侵攻は不可避と判断した共産党政府は、東アジア(満洲&日本)からの軍事侵攻をおさえるため日ソ中立条約を締結し、ドイツへの警戒を高めます。
独ソ戦
すると予想どおり、ナチス=ドイツは独ソ不可侵条約を破棄し、ソ連への侵攻を始めます。ここに独ソ戦が勃発します。
ドイツ軍は一時モスクワにまで迫りますが、ソ連はなんとか食い止めます。
さらにドイツに敵対するイギリスとアメリカもソ連に軍事支援をおこない、ドイツへの抵抗を後押しします。
いっぽうドイツは長びく戦争から、じょじょに物資が不足し、ついには占領した地域から資源や食料、さらには労働力まで強奪するようになります。
これにより支配地域の各地でレジスタンスやパルチザンなどの抵抗運動がひんぱつし、ドイツの統治にほころびがみえはじめてきます。
枢軸国 vs 連合国
ドイツの勢いが下がるなか、大西洋海上で、イギリスのチャーチル首相と、アメリカのルーズベルト大統領が会談をおこないます(大西洋上会談)。
両国はあらためて、ファシズム打倒を確認し、そのうえで大戦後の平和構想を記した大西洋憲章を発表します。
その約4か月後にはアメリカは反対の海に目をむけて、ついに太平洋戦争を開始します。
これにより事実上の世界大戦となり、
vs
連合国(アメリカ&イギリス&ソ連)
の構図がはっきりと定まることになりました。
ノルマンディー上陸作戦
協力関係をむすんだ連合国は、ドイツにむけて反撃を開始します。
まずはソ連のスターリングラードでの攻撃を始め、ドイツ軍にたいして攻防戦をおこないます。
またイタリアにたいしてはシチリア島に上陸したうえで、ファシズム政権の主導者ムッソリーニを失脚させ、ファシスト党を解散させます。
かわりにバドリオ政権が成立し、イタリアは無条件降伏を余儀なくされます。
つづけてテヘラン会談がおこなわれ、ルーズベルト&チャーチル&スターリンのあいだで、ドイツに奪われた北フランスへの上陸作戦が協議されます。
それにより約半年後に、かの有名なノルマンディー上陸作戦が実施され、ドイツ軍は追いはらわれ、首都パリは解放されます。そのさいドイツにかわり、ロンドンに亡命していたド=ゴールが臨時政府を成立させます。
ヤルタ会談
そのさらに半年後にヤルタ島で、ふたたびルーズベルト&チャーチル&スターリンの三者で話し合いがおこなわれます(ヤルタ会談)。
そこでは対ドイツ戦争後の処理にかんする項目が決められていきます。おもな内容はつぎのとおりです。
・戦争犯罪人の処罰
・ポーランドの新国境線の画定
そのさい秘密協定として、ドイツ降伏から3ヶ月にソ連が対日戦争をおこない、その見返りに南樺太&千島の割譲が約束されました。
ヤルタ会談の約1ヶ月についにドイツは無条件降伏し、ヨーロッパ戦線を終結をむかえることになります。
第二次世界大戦③ ─ アジア・太平洋戦線

アジア・太平洋戦線では、日本の勢力が拡大します。
日本は「大東亜共栄圏」の構想にもとづき、中国大陸以外にも軍をすすめていきます。
フランス領にインドシナに照準を定め、進駐軍をおきます。これには日中戦争での消耗戦から抜け出すために、南から遠征し資源を獲得する意味もありました。
また同じくヨーロッパ大陸で侵略戦争をおこなうドイツとイタリアと手をむすび、さきにみた日独伊三国同盟を締結します。
その半年後にはソ連とのあいだで(こちらもさきほどあげた)日ソ中立条約をむすび、満洲国北側の安全を確認します。
太平洋戦争
しかし、インドシナ進駐の成果はあがらず、その状況を見抜いたアメリカは資源不足に追いこむように、イギリス&オランダ&中国と手をとり、日本にたいする経済封鎖をおこないます(ABCDラインの形成)。
食料と物資の欠乏におちいった日本は、(ほぼヤケクソのようなかたちで)アメリカ・ハワイの真珠湾基地を奇襲攻撃し、爆破します(真珠湾攻撃)。
さらにマレー半島へも軍をすすめ、イギリスとアメリカに宣戦布告をおこないます。
これによりアメリカも迎えうち、ここに太平洋戦争が勃発します。
なにはともあれ資源不足に悩む日本は、占領した東南アジアで物資の調達にはげみます。
当初は、欧米列強から自国を救う〝解放軍〟とみられた日本でしたが、たびかさなる、資源収奪や強制労働に抗日運動が加速します。
その結果、東南アジアの各地域では、
・反ファシスト人民自由連盟(ビルマ)
が結成され、戦中から戦後にかけて大規模な民族解放運動が展開されていきます。
ミッドウェー海戦
アメリカ参戦後、日本は後手にまわります。
国の威信をかけたミッドウェー海戦ではアメリカ海軍に敗北をきっし、海軍機動部隊は大打撃をうけます。
これをきっかけに東南アジア諸島からの軍撤退がすすみ、主要基地のあったガダルカナル島も手放します。
日本の劣勢をみた連合国側は、カイロで会談をおこないます。
メンバーのルーズベルト&チャーチル&蒋介石はカイロ宣言を述べて、日本の戦後処理にかんする方針を定めます。
後退をつづける日本は、サイパン島も陥落させられ、ついには本土決戦に突入します。
フィリピンのマニラを落としたアメリカ軍は、沖縄に上陸し、軍の侵攻を開始します(沖縄戦)。
その約1ヶ月に、
・チャーチル首相&アトリー首相(イギリス)
・スターリン(ソ連)
とのあいだで話し合いおこなわれます(ポツダム会談)。
そこでは戦後日本のあつかいについて話し合われ、日本にたいして無条件降伏が要求されます(ポツダム宣言)。
それでも降伏に応じない日本は、いまだ抗戦のかまえをみせます。
そこでアメリカは戦争終結を目的(口実)に、広島と長崎に原爆を投下します。これにより壊滅的被害をもたらされた日本はようやく求めに応じ、ポツダム宣言での無条件降伏を受け入れます(ポツダム宣言受託)。
こうしてアジア・太平洋戦線は終結し、第二次世界大戦も終わりをむかえます。
第二次世界大戦④ ─ 戦争の特徴&影響

さいごに第二次大戦の特徴と影響をみていきます。
ポイントは、
・新兵器の導入
・米ソの台頭
の3つです。
総力戦とは文字どおり、国全体をあげての対外戦争のことです。
そのため戦争の相手国も、軍事力に貢献すると分かれば、一般市民であっても攻撃をおこないます。
いわゆる無差別攻撃が横行し、これにより非戦闘員の犠牲者は膨大な数にのぼりました。
いっぱんには死者の数は5000万人以上、そのうち民間人は約7割に達する、といわれています。
また第二次大戦では、新兵器の導入が積極的におこなわれました。
そのなかでもいちばん恐れられたのが原子爆弾です。
もはやひとつの国だけではなく、地球そのものを滅ぼすほどの破壊力をみせた現場は、戦後の国際関係に大きな影響をおよぼし、いわゆる「核兵器時代」の到来をまねくことになります。
さいごが米ソの台頭です。
第一次大戦につづき、またしても戦争の舞台となったヨーロッパは、第二次大戦以降、その国際的な立場を決定的におとすことになります。
かわってさほど被害を受けなかったソ連や、戦争の戦果をまぬがれたアメリカが、大戦後の地位を急速に高めていくことになります。
おわりに
第二次世界大戦をみてきました。
まとめると、こんなかんじです。
・独ソ不可侵条約
・ポーランド侵攻
・日独伊三国同盟
・日ソ中立条約
・独ソ戦
・強制収容所
・大西洋憲章
・枢軸国/連合国
・テヘラン会談
・ノルマンディー上陸作戦
・ヤルタ会談&ヤルタ協定
・大東亜共栄圏
・真珠湾攻撃
・ミッドウェー海戦
・カイロ宣言
・沖縄戦
・ポツダム宣言
・ド=ゴール
・ルーズベルト
・チャーチル
・スターリン
・蒋介石
・第二次大戦の後半からイギリス&アメリカをはじめとする連合国側の反撃が始まり、ソ連はコミンテルンを解散した
・日本の真珠湾攻撃により、アメリカが参戦し、太平洋戦争が始まった
この記事が、第二次世界大戦を理解するさいのヒントになれば、うれしいです。
では、また。




