バルカン問題 ─ パン=スラブ主義/パン=ゲルマン主義・バルカン同盟・バルカン戦争【わかりやすく簡単に解説】

どうも、りきぞうです。

大学のころから、世界史に親しんできました。

大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。

・バルカン問題について知りたい
・大事なキーワードは?
・この時代のポイントは?

きょうは、この問いに答えていきます。

答えは、つぎのとおり。

キーワード
・パン=スラブ主義
・パン=ゲルマン主義
・バルカン同盟
・バルカン戦争
ポイント
・[パン=スラブ主義 vs パン=ゲルマン主義]の対立を背景に、バルカン問題が生じていった

この記事では、つぎの本を参考にしました。

バルカン問題① ─ パン=スラブ主義 vs パン=ゲルマン主義

パン=スラブ主義のポスター

バルカン問題(バルカン危機)とは、

バルカン半島におけるロシアとオーストリアの領土をめぐる争い

のことです。

そのさいロシアは、スラブ民族の団結をうったえました。この主張を「パン=スラブ主義」とよびます。

いっぽうのオーストリアは、ゲルマン民族の一体性をかかげました。この考えを「パン=ゲルマン主義」とよびます。

バルカン問題は、

ロシア(パン=スラブ主義)
vs
オーストリア(パン=ゲルマン主義)

という対立軸を背景に展開していくことになります。

バルカン問題② ─ ボスニア・ヘルツェゴビナ併合

バルカン同盟

そのなかで、トルコでおきた青年トルコ革命への対抗から、オーストリアがボスニア・ヘルツェゴビナを併合します。

これにたいして、スラブ系の住民が多く暮らすセルビアでは、反対の声があがり、バルカン半島の緊張は、よりいっそう高まっていきます。

反オーストリアの動きがつよまるなかで、バルカン同盟が結成させます。参加した国は、

・セルビア
・モンテネグロ
・ブルガリア
・ギリシャ

です。

重要なのは、バルカン同盟はロシア主導でつくられたことです。

これにより[ロシア vs オーストリア]の対立は決定的となります。

バルカン問題③ ─ バルカン戦争

第一次バルカン戦争(ギリシャ軍歩兵)

バルカン北方での緊張が高まるなか、南方でもオスマン帝国とのあいだで対立がおこります。

きっかけは、イタリアとトルコの戦い(イタリア=トルコ戦争)に乗じて、バルカン同盟が介入したことでした。

オスマン弱体のすきをついて、帝国に宣戦し、こそくながらも勝利をはたします。

これにより、バルカン同盟は半島の領土を獲得し、いっぽうのオスマン帝国はヨーロッパ領のほとんどをすべて失うことになります。

これら一連の争いを「第一次バルカン戦争」とよびます。

しかし半島の領土をオスマンから奪い返したバルカン同盟ですが、かなしいことに今度は〝内輪もめ〟をはじめます。

領土の分配をめぐって話し合いがなされるものの、折り合いがつかず、けっきょくは武力衝突にまで発展します。

戦いの構図は、つぎのとおりです。

ブルガリア
vs
セルビア&モンテネグロ&ギリシャ

またここに周辺国のルーマニアがくわわり、さらにはバルカン奪還をねらうオスマンまでが首をつっこんできます。

これら一連の争いを「第二次バルカン戦争」とよびます。

戦争の結果、敗北したブルガリアとオスマン帝国は、その後、ドイツ&オーストリアに接近します。

また戦いに勝利したセルビアは、勢いにのり、そのままオーストリアの対決姿勢をあらわにします。

こうしてバルカン半島の緊張は高まり、周辺国からは「ヨーロッパの火薬国」とよばれるようになります。

じじつ、つぎにここでおきた事件が、第一次世界大戦の引きがねとなるのでした。

おわりに

バルカン問題をみてきました。

まとめると、こんなかんじです。

キーワード
・パン=スラブ主義
・パン=ゲルマン主義
・バルカン同盟
・バルカン戦争
ポイント
・[パン=スラブ主義 vs パン=ゲルマン主義]の対立を背景に、バルカン問題が生じていった

この記事が、バルカン問題を理解するさいのヒントになれば、うれしいです。

では、また。