日中戦争 ─ 背景・原因・結果・太平洋戦争・西安事件・盧溝橋事件・南京大虐殺【流れを簡単に解説】

どうも、りきぞうです。

大学のころから、世界史に親しんできました。

大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。

・日中戦争について知りたい
・大事なキーワード&人物は?
・この時代のポイントは?

きょうは、この問いに答えていきます。

答えは、つぎのとおり。

キーワード
・長征
・八・一宣言
・抗日民族統一戦線
・西安事件
・盧溝橋事件
・第二次国共合作
・重慶政府
・南京大虐殺
重要人物
・張学良
・蒋介石
・汪兆銘
ポイント
・西安事件と日中戦争により、中国では第二次国共合作が成立し、抗日民族統一戦線が結成された

この記事では、つぎの本を参考にしました。

以下、[背景 → 展開 → 進展]に沿って、日中戦争のようすをみていきましょう。

日中戦争① ─ 背景

長征のメンバーに演説する共産党指導者

日中戦争がおきるまえ、中国一帯は蒋介石がひきいる国民政府がおさめていました。

国民政府は欧米列強から関税自主権を回復し、通貨の統一をおこないます。

銀の流通を禁止して、ポンドにひもづいた政府系銀行券を発布します。これにより地方軍閥の経済力は弱まり、国民政府による経済統合がよりいっそうすすんでいきます。

つづけて国民政府は政治&軍事の統一を果たそうとします。それには宿敵である共産党の排除が必要でした。

そのため、対日戦争よりも共産軍討伐のほうが優先事項とみなされ、国共内戦がふたたび勃発します。

いっぽうの共産党は国民政府との内戦に苦しめられ、かつての勢いは無きに等しいものでした。

都市部での政治活動をあきらめ、「長征」とよばれる、地方での農地開拓をおこないます。そのエリアは、江西省の瑞金から陝西省の延安にまでおよびました。

そのさい貴州省の遵義で「共産党中央政府局拡大会議」が開催され、ソ連のコミンテルンの連携した幹部が批判されたのをきっかけに、毛沢東による指導体制が確立することになります。

半年後には八・一宣言をおこない、国民政府にむけて内戦停止をよびかけ対日民族統一戦線の結成を提案します。

日中戦争② ─ 展開

第二次国共合作(毛沢東と蒋介石)

そんななか西安事件がおこります。

これは、

共産党討伐を誘いにきた蒋介石を張学良が監禁し、内戦停止と抗日協力を迫った事件

でした。

張学良は日本に爆殺された張作霖のむすこで、関東軍をひどく恨んでいました。彼の脅しに近い要求を受け入れた蒋介石は抗日を約束し、釈放されます。

それでもなかなか国民政府と共産党の折り合いがつかないなか、日本はついに中国への侵攻をはじめます。

発端は盧溝橋事件で、北京郊外で日中両軍が向き合い、軍事衝突に発展します。これにより日本は宣戦布告なしで軍事行動を拡大し日中戦争が勃発します。

日本の軍事侵攻に、さすがに恐れをいだいた国民政府は共産党との協力を決めます。ここに第二次国共合作が成立し、対日民族統一戦線が結成されます。

それまでの共産党の紅軍は、八路軍&新四軍に改編され、国民政府軍のもとで統制されていくことになります

日中戦争③ ─ 進展

南京に侵攻する日本陸軍

日本軍の勢いはすさまじく、

・南京

・上海

・広州

・武漢

の順で、つきつぎに陥落していきます。

国民政府&共産党は首都を重慶に移して、抗日戦争を継続させます(重慶政府の成立)。

そのさい、日本と敵対するアメリカ&イギリス&ソ連の支援をうけながら、持久戦にもちこみました。それより日本軍は、前線の国民党軍と、地方農村の共産党軍の消耗戦に苦しめられ、物資が不足します。

その結果、都市中心部と交通路をおさえただけで、その成果はごくわずかなものでした。

さらに日中戦争後には、日本軍は捕虜や一般市民を大量に殺害しているとして、国際的な非難をあびることになりました(南京大虐殺)。

それでも近衛内閣は侵略戦争を正当化し、いわゆる「東亜新秩序」にかんする声明を出します。

主張を裏付けたいに日本政府は、蒋介石のライバルである汪兆銘をたてて、占領した南京に親日政権を成立させます。

しかし小手先の対応策では中国民衆の支持は集められず、日本にたいする国際世論の反発も日に日につよまっていくばかりでした。

ご存知のとおり、こののち日本はアジア・太平洋戦争へと突入していきます。

おわりに

日中戦争をみてきました。

まとめると、こんなかんじです。

キーワード
・長征
・八・一宣言
・抗日民族統一戦線
・西安事件
・盧溝橋事件
・第二次国共合作
・重慶政府
・南京大虐殺
重要人物
・張学良
・蒋介石
・汪兆銘
ポイント
・西安事件と日中戦争により、中国では第二次国共合作が成立し、抗日民族統一戦線が結成された

この記事が、日中戦争を理解するさいのヒントになれば、うれしいです。

では、また。