【書評】岡本隆司『世界史とつなげて学ぶ ─ 中国全史』感想&レビューです。

どうも、りきぞう(@rikizoamaya)です。

大学院では、キャリア論と社会保障を研究していました。

社会人なってからは、予備校講師 → ウェブディレクター → ライターと、いろんな職業にたずさわってきました。

働き方についても、契約社員 → 正社員 → フリーランスと、ひと通り経験してきました。

働くなかで思うのは、自分の市場価値をアップするには「教養」が大切だということ。

・できるなぁ
・発想がすごいなぁ

と、思う人は、キホン、教養を身につけています。

なかでも、重要なのは「世界史」です。

ここ数年、ビジネスマンの必須知識として「世界史」が注目をあつめています。

ネット時代をむかえ、グローバル化が加速しているからです。

世界史といえば、ギリシャ・ローマなど、ヨーロッパがメインですが、ほかのエリアも大切です。

とくに、むかしもいまも、世界全体に影響をあたえてきた中国地域は、把握する必要があります。

とはいえ、中国史は、年数も多く、領域も広い。覚えるのは、たいへんです。

そんなとき、つぎの本をみつめました。

著者は、東洋史・近代アジア史の専門家。

東洋 / 西洋の対立を描いた『属国と自主のあいだ』で、サントリー学芸賞を受賞しています。

本書は、中国の歴史にくわしい研究者が、一般向け・ビジネスマン向けに、書いたもの。

そのため、中国史の流れを、わかりやすく、カンケツにまとめています。

文体も「ですます調」で、雑誌インタビュー記事のように、気軽に読めます。

いっぽうで、中国をみるときの視点&ポイントを提示するなど、内容は深いです。

中国史を大まかに把握しつつ、深く理解したい方には、おすすめの1冊です。

岡本隆司『世界史とつなげて学ぶ ─ 中国全史』の概要

まずは、全体の目次から。

こんなかんじです。

第1章 黄河文明から「中華」の誕生まで
第2章 寒冷化の衝撃 ─ 民族大移動と混迷の三〇〇年
第3章 隋・唐の興亡 ─ 「一つの中国」のモデル
第4章 唐から宋へ ─ 対外共存と経済成長の時代
第5章 モンゴル帝国の興亡 ─ 世界史の分岐点
第6章 現代中国の原点としての明朝
第7章 清朝時代の地域分立と官民乖離
第8章 革命の二〇世紀 ─ 国民国家への闘い

タイトルどおり、〝すべての〟中国史をあつかっています。

[文明発祥〜共産党の成立]までです。

1章・2章で、中国大陸の地理条件&自然環境にふれます。

そのうえで、気候環境が、どのように「民衆の暮らし」「国づくり」に影響をあたえたのかを説明します。

かなり納得のいく説明しています。

3章〜8章で、中国史の流れを、順々にたどっていきます。

中国のあり方を大きく変えたのは、4章であつかう、[唐 → 宋]への移行期です。

温暖化にともない、経済が発展。

結果、民衆が豊かになり、世の中が多様化・多元化していきます。

いっぽうで、中国全体の統治がムズかしくなり、民衆と政治のせめぎ合いが起こります。

両者の対立はつづき、いまの共産党政権も、このジレンマに悩まされています。

おもしろかったのは、6章の「明王朝時代」です。

これまで中国史研究では、わりとスルーされてきました。これといった事件もなく、目立った偉人も現れなかったからです。

しかし著者は、経済活動が活発になり、民衆の多様化・多元化が、よりいっそうすすんだ、という意味で、明時代に注目します。

個人的には、ココがイチバンの読みどころだと思います。

全体をとおして、構成がスッキリしていて、アタマに入りやすい。

文体もカンケツで、さらさら読んでいけます。

目次をみて、気になるトコが、目をとおしてみるのもオーケーです。

岡本隆司『世界史とつなげて学ぶ ─ 中国全史』の詳細

以下、気になったトコをみていきます。

自然環境による国のかたち

前提として、自然環境は、人びとの暮らし方に影響をあたえます。

しかし歴史研究では、この点を軽視してきました。

そこで地理条件が、ライフスタイルを変え、どのような民族を生んだかをみていきます。

カンタンにいうと、こんなかんじです。

・湿地帯 → 農耕民
・乾燥地帯 → 遊牧民

水資源は豊富で、湿気の多いところでは、農耕民が生まれます。

いっぽうで、水源が乏しく、乾燥したところでは、遊牧民が生まれます。

この対比は、納得すると思います。

問題は、ふたつの民族のカンケーです。

生活形態・思考様式がことなる両者では、触れるところで摩擦・争いが生じます。

たとえば、農業をいとなむ、古代ギリシャ・ローマの人たちは、「スキタイ」とよばれる遊牧民と、いつも争ってきました。

同じく、農耕で生活する中国の人たちも、「匈奴」という遊牧民との争いに、苦心してきました。

ときには武力で戦い、ときには「貢ぎもの」をして同盟をむすんだり。

農耕文明の人たちからみると、かれら遊牧民と、どのように〝うまくやっていくか〟が焦点になります。

遊牧民たちのカンケーしだいで、国の成り立ち、繁栄が決まってくるわけです。

中国史をみた場合、農耕民 / 遊牧民のせめぎ合いが、ひとつのポイントになります。

寒冷化の影響

たとえば、200年代〜600年代には、ユーラシア大陸全体で、寒冷化が起こります。

すると、農作物は育たず、農耕民の暮らしは、苦しくなります。

けれど、寒冷化の影響は、遊牧民のほうが大きいです。

草原を移動して暮らすかれらですが、寒冷化によって草が育たず、生活が維持できなくなるからです。

オアシスも減り、家畜も育てられくなるわけです。

暖かいところが寒くなるより、寒いところがさらに寒くなるほうが影響は大きい。それは即ち、南部の農耕地域より北部の遊牧地域により大きなダメージが加わることを意味します。たとえば草原なら草が生えてこなくなる、具体的に草原面積の縮小となって現れることでしょう。 (no.498)

結果、資源獲得のため、農耕文明地域に流入し、秩序を乱します。

中国北部に暮らす遊牧民は、暖かさをもとめて、南に流れてくるからです。

こうして、もともとの大都市(=漢帝国)に遊牧民が流れてきて、まわりに住居を築いていきます。

この住居エリアは「むら」とよばれ、小国の分立・乱立することになります。

世界史用語では、「五胡十六国時代」とよばれます。

このように、地理条件・自然環境は、民族のあり方を変え、国のカタチも変えていきます。

それだけ、気候環境の影響は大きいわけです。

「明王朝時代」に、いまの中国問題がつくられた

うえで述べたように、[唐王朝 → 宋王朝]へシフトが、中国史の転換点でした。

経済発展にともない、暮らしが多様化し、多元化がすすむからです。

それより、単一国家による統治がムズかしくなります。

中国史の中でも劇的な変化を遂げているのが、この時期〔宋時代〕です。温暖化とともに経済発展が進み、政治的には社会の多元化への対応を急いだ。その結果、人口が急速に増えていきました。唐の時代とは、明らかに次元が変わってきたわけです。そのため、今日の中国史研究がもっとも進んでいる時期の一つでもあります。(no.1398)

モンゴル帝国の侵略&統治によって、宋王朝は滅亡します。

けれど、モンゴル王朝「元」を引きついだ、「明王朝」の時代には、ふたたび経済活動が盛り上がります。

すると、国家 / 経済の〝乖離(かいり)〟がすすみ、中国全体の管理ができなくなります。

ちょうど、ヨーロッパ地域では「大交易時代」に突入し、それぞれのエリアで貿易がおこなわれます。

それによって、ますます統治が困難になるわけです。

経済や貿易の局面で、民間の力量が増大したのが、明朝の時代でした。それが世界の動向と深くつながり、またパラレルだったことがまず大事ですが、これに劣らず重要なのが、政治・権力と乖離して進行したことです。いずれもその後の中国の動向を規定するポイントになります。(no.2156)

小さな政府

では明王朝が、経済活動をムリにおさえて、つよい課税をおこなったかといえば、ちがいます。

〝ほったらかした〟 ─ つまり、いまのフレーズでいえば、「小さな政府」をつらぬいたわけです。

経済活動を自由におくかわりに、防衛・身分保障は、最低限にとどめる。

この方針でいったわけです。

それを示すように、明時代には、偉大な政治家があらわれませんでした。

むしろ、経済を営む民衆からは、バカにされていたフシがあります。

民間・経済から乖離した政治とは、単なる派閥争い・権力闘争で、コップの中の嵐というべきものにすぎません。本人・当事者たちはいたってマジメなのでしょうが、周囲はどうでもよろしい。ここでも、どうでもよいと思います。〔……〕政治家・官僚も同様に、これという人はいません。やはり明代史は民間の動向を主軸に語るべきかと思います。(no.2160)

皮肉がきいた言いまわしですが、明時代は、経済が活性化するいっぽう、政治はないがしろにされていたんでしょう。

そして、この明時代の状況(=社会の多元化にともなう統治のムズかしさ)が、中国の政治を苦しめることになります。

「明王朝」のあとの「清」も、中国統一を果たしますが、じつは「明王朝」のやり方をふまえつつ、統治をおこなってきました。

多様な民族・経済活動をかかえるようにして、王朝を築いていました。

清朝はきわめて大きな版図と、多元的な人々を抱えた政権だったのです。満洲人に漢人、モンゴル人もいればチベット人もいて、ムスリムも加わってきた。それを清朝の皇帝がすべて統治するという形でした。(no.2349)

「華夷一家」の清朝は、漢人・満洲人・モンゴル・チベット・ムスリムという五大種族が共存するわけですが、それぞれの在地在来システム(=「俗」)をほぼそのまま活かして(=「因」)、統治が運営されました。ただし最上部だけは、清朝の皇帝が一人で君臨する。それによって全体を一つにまとめ、相互にトラブルが起こらないようにしたのです。(no.2375)

そのため、地域が自立していた中国では、西欧列強と、じかに海洋交易をおこない、結果、〝都合よく〟経済面で乗っ取られてしまいました。

中国がかかえるジレンマ

そして、この状況は、いまの中国も同じです。

共産党は「一党独裁体制」で、中国全体を統治をしようとしていますが、多様な民衆、バラバラな民族をおさえることは、なかなかできません。

AI(人工知能)で、一元的に管理しようとしていますが、〝ビッグ・ブラザー〟が現実になるほど、うまくいくとは思えない。

じじつ、いま起きている「香港デモ」は、そのあらわれといえます。

それだけ中国地域は、さまざま民族・経済活動が入りみだれ、単一国家だけでは統治・管理できないわけです。

本書では、そのルーツを、[唐王朝 → 宋王朝]の転換期&明王朝時代にみています。

歴史をふりかえるからこそ、いまの中国の課題・問題がわかるわけです。

国民国家形成というイデオロギーと、歴史的に多元性をきわめてきた現実の間には、容易に埋められない深いギャップがあります。だから、埋まるまで永遠に「革命」を続けなければいけない。それが、今日の中国の姿でしょう。(no.2832)

おわりに

一般向け・ビジネスマン向けに書いた本書は、ざっくり中国史を把握するのに、役に立ちます。

いっぽうで、いまの中国問題のルーツを、歴史から示しています。

しっかりとした教養・洞察を手にいれるうえで、たいへん参考になります。

深く中国史を知りたい方は、ぜひチェックしてみてください。

ではまた〜。