どうも、りきぞうです。
大学院では、キャリア論と社会保障を研究していました。
社会人なってからは、予備校講師 → ウェブディレクター → ライターと、いろんな職業にたずさわってきました。
働き方についても、契約社員 → 正社員 → フリーランスと、ひと通り経験してきました。
働くなかで思うのは、自分の市場価値をアップするには「教養」が大切だということ。
「発想がすごいなぁ」
と、思う人は、キホン、教養を身につけています。
なかでも、重要なのは「世界史」です。
ここ数年、ビジネスマンの基礎知識として「世界史」が注目をあつめています。
ネット時代をむかえ、グローバル化が加速しているからです。
外国との交流が増えたことで、日本だけではなく、地球全体の歴史を知る必要が出てきました。
とはいえ、世界史は範囲も広く、どこから手をつければ良いか、わからないですよね。
分量も多くて、なんだかムズかしそう。。
そこでおすすめしたいのが、大手出版社から出ている「シリーズ本」を読むこと。
なかでも、こちらのシリーズは、さいしょに手にとってほしいです。
中央公論社が出した「世界の歴史」シリーズで「旧版」にあたるものです。
中公は、2000年代に、あらたに「世界の歴史」シリーズを刊行しました。
こちらを「新版」とよび、以前のシリーズは「旧版」といわれます。
じつは〝読みやすさ〟でいえば、「旧版」のほうがすぐれています。
「新版」のほうは、どちらかといえば「研究者」「玄人」むけ。
世界史の流れを理解・把握するには適していません。
絶版なのが難点ですが、古本屋 or ネット通販をつかってゲットしてほしいと思います。
…
きょうは、第10巻にあたる
を紹介したいと思います。
「10」では、ヨーロッパ地域・フランス革命とナポレオン戦争についてあつかいます。
年代としては、1700年〜1800年ごろにあたります。
まずは目次から。
こんなかんじです。(※ こちらの都合で、番号をふりました。)
02 啓蒙の世紀
03 上からの改革
04 革命のはじまり
05 自由・平等・友愛
06 共和政の成立
07 革命独裁への道
08 美徳と流血
09 革命の終結
10 共和国の皇帝
11 ナポレオン帝国
12 ヨーロッパ・ナショナリズム
13 ナポレオン伝説
14 流血と栄光の 1/4 の世紀
1〜3で、革命まえのフランスについて。
4〜9で、フランス革命のなかみ。
10〜14で、ナポレオン皇帝の樹立&ナポレオン戦争についてあつかいます。
全体として、文体もカンケツで、読みやすい。
フランス革命をメインにとりあげるため、スピード感があります。
時間をわすれて、一気に読みすすみられると思います。
内容については、政治・経済・文化 ─ ジャンルをバランスよくあつかっています。
目次
桑原武夫『世界の歴史 10 ─ フランス革命とナポレオン』(中公・旧版)の詳細
以下、気になったトコを、カンタンにみていきます。
ポイントは、つぎのとおり。
- フランス革命の背景
- フランス革命のなかみ
- ナポレオンの役割
ひとつひとつ、のべていきます。
フランス革命の背景
まずは革命当時のようすから。
経済の状況
経済については、どん底・最悪のイメージがあるかもです。
けれど革命まえのフランスは、好景気で、成長も右肩上がりでした。
革命が勃発した18世紀、とくにその後半は、よく誤解されているように、経済の衰退したときではなく、逆にそれが急速に成長した時期である。政府の財政危機と国民の経済成長とを混同してはならない。(p.23)
人口も増え、海外貿易も黒字がつづいていました。
人口も、18世紀初頭の1900万人から2600万人にふえたが、外国貿易は1710年代の輸出入合計2億リーヴルから、50年代には6億、80年代にはじつに10億という調子でふえている。(p.23)
これは意外ですよね。
経済が停滞したから[暴動 → 革命]が起きたわけではない。
財政がボロボロで、税負担が重くなり、結果、民衆の反発をまねいた ─ これが真相です。
啓蒙思想の広まり
フランス革命を理論づける考えとして「啓蒙思想」があります。
代表者的な論者は、ヴォルテール・ディドロ・ルソーなど。
じつは啓蒙思想は革命が起きるまえに、ある程度、広まっていました。
このあたりは、清教徒革命が起きたあとで、ロックが『市民統治論』を書いたプロセスとは異なりますね。
ではなぜ、フランスに端を発した啓蒙思想は、浸透していたのか。
本書では、4つの要因をあげます。
・コスモポリタン的な特徴
・フランス語の明快さ
・フランス文化へのあこがれ
個人的には、フランス語の影響が大きいと思います。
この当時、知識階層では、フランス語が共通言語となっていました。
そのためフランス思想も、ほかの国々へ受け入れやすくなっていた ─ こう考えるのが自然です。
フランス革命のなかみ
つづいて、革命のようすについて。
マスヒステリック
個人的に興味ぶかいなぁと思ったのは、「マスヒステリック」という現象 ─ 。
当時、首都「パリ」の革命については、ながれながれて、地方農村に伝わっていました。
その時代、いまのようにメディアは発達していません。
強奪・略奪など、惨劇として、地方の人たちに広まり、恐怖をかきたてていきます。
いつ自分も襲われ、流血騒ぎが起こるんじゃないかと。
結果、民衆全体が恐れを抱くことで、ほんとうにパニックが起こります。
この年の春以来、凶作による食糧不足と失業などのために浮浪者が激増し、食糧をねらって農村をおびかやしていた。この食糧強盗にたいする恐怖ぎ、パリ革命の血なまぐさい情報と、ノルマンディ・フランシュ=コンテ・ブルゴーニュなどの各州におこった農民一揆の情報によって強化された。情報は、つぎからつぎへ伝わるうちに、誇張・歪曲の再生産をうけ、ここに全国的は「大恐怖(グラン・プール)」となったのである。(p.144)
関東大震災でも、朝鮮人によるデモ・暴動が起きる、とうわさが広がり、東京でもパニックが起きました。
けれどそれは局所的でした。
フランス革命の場合は、いたる地方都市・農村に広まります。
そのためパリの革命は、フランス全体をゆるがす事件へと発展します。
国王の処刑
革命のさなか、過激とはいえ、なぜ国王を処刑するなんて事態になったのか。
いまの感覚だと、なかなか理解できません。
海外追放くらいで許してやればいいんじゃないかなぁと。
じつは当時の民衆にとって、許せないことがありました。
それは国王の海外逃亡です。
人びとの圧力に耐えきれなくなった国王一家(ルイ16世&マリーアントワネットたち)は、ほかの国へ逃げてしまったのです。
さらに、マリーアントワネットは、隣国「オーストリア」からやってきた王女でした。
故郷の「オーストリア」と協力して、フランスに攻める、革命を弾圧するつもりなのでは?
この疑心暗鬼が、国王たちへの信頼をなくし、のちのちの処刑へとつながっていきます。
幾世紀ものあいだ、フランスを支配してきたブルボン王国と国民のあいだには、いわば親子の情にも似た感情のつながりがあった。ところが、いま父が子を見すてて、外国に逃げようとしたのである。憲法を守ると議会で誓ったのは、逃亡までの時をかせぐペテンであったのか。(p.186)
つまり、国王のくせに、フランス国のためではなく、自分たちの生命・財産を守るために、王様についているのかと、不満が一気に高まる。
もはや、王がいなくても、わたしたち国民がいれば、国家は成り立つと思うようになったわけdふぇす。
国王の逃亡をきいて、ある将校が「国王が逃げたとしても、国民は残る」といったというが、いまやフランスは、国王なくしても存在することがはっきりした。そして〔……〕いまや国民こそ国王に優位するものであることが明らかになったのである。(p.186)
こうしてみると、不満・反発をつのらせた民衆が、王の処刑をもとめたのが、なんとなくわかってきます。
粛清へのマヒ
国王処刑のあとは、つづいて、恐怖政治=革命指導者たちの独裁がはじまります。
ここから、仲間どおしのあいだで、排除=処刑の動きが、一気に加速します。
これはこれで恐ろしいですが、より怖いのは、〝処刑の嵐〟に、大衆が慣れてしまったことです。
[王族 → 王党派議員 → ジロンド派議員]と、つぎつぎ処刑・殺害されていきます。
けれど、この事態にたいして、人びとは〝なんとも思わない〟かんじになっていきます。
ジロンド派の死もまた、民衆の関心をなんらひかなかった。生理的な死をまえに、かれらはすでに死んでいたからである。かれらが政争の嵐の目にあったのは、わずか5ヶ月まえだ。だが革命の5ヶ月は、常時の5年、いや、50年にも相当しないか。(p.259)
かれらが人の注目をひいたのは、もう遠い遠い昔であるかのように、パリの市民には感じられた。人間の運命のはかなさというより、革命の激しさをみるべきである。(p.259)
つまり、政治のトレンドに乗れない者はギロチンに送られる ─ このことに民衆・大衆は、なんとも思わなくなっていました。
それだけ革命が激しいとわかります。
とはいえ、これもなかなか現代の感覚だとつかみにくいはなしですね。
ナポレオンの役割
恐怖政治のシンボル「ロペスピエール」が処刑され、つづいて、ナポレオンが皇帝につきます。
では、世界史の流れからみて、ナポレオンの役割はなんだったのか。
それは、所有・平等・自由という考えを、ヨーロッパ中に広めたことです。
かれは軍人皇帝であることにまちがいはありません。
それでもなぜ民衆から反発を受けなかったのか。
それは、3つの理想を普及させるために、民衆をおさえ、対外戦争をおこなったからです。
ナポレオンが、「革命の限定相続人」であるよばれるゆえんです。
所有・平等・自由 ─ それは革命の最低限の収穫であった。この最低限の収穫を確保し、かつ、育成していこうというのがナポレオン権力の本質であった。まことにナポレオンこそ、「革命の限定相続人」とよばれるにふさわしい。(p.356-357)
ブルジョワ(商人階層)の要求を理解したうえで、かれらの利益となるように、政治運営をおこなっていたわけです。
革命によって増大させ、または、新たに獲得した土地をナポレオンによって保障されている農民、そして、イギリスを追って産業革命を〔……〕日程にのぼせようとするブルジョワ ─ この2階級こそ、ナポレオン権力の基盤であった。しかし〔……〕いずれも、単独で権力ほ基盤となる力をもたない。〔……〕両者の利益をおさえつつ、守ってやる調停者としての超然的な権力 ─ これこそがナポレオン独裁の本質なのである。(p.364)
かれは「人民には、恐怖と利益が必要」と述べていたそうです。
戦争と政治はセット
また、ナポレオンの〝うまさ〟は、戦争と政治をセットで考えていたこと。
革命がもたらした3つの理念を軸に、軍人として活躍したことです。
ナポレオンの卓越は、戦争家としてのそれだが、もうひとつの特色は、戦争と政治との統一的把握である。かれは、政治を戦争の延長として、また、逆に戦争を政治の延長として両者を統一においてとらえる。(p.330)
知っているとおり、ナポレオンは失脚します。
とはいえ、ヨーロッパさらには、アジア・南米にまで、自由・平等・友愛の精神を広まったのは、かれの侵略があったからといえます。
世界史の流れからみて、〝稀有な人〟であることにまちがいはありません。
おわりに
旧版ながら、この「世界の歴史」シリーズは、かなり読みやすく、おすすめです。
ムズかしい用語を、ほとんどつかわず、一般の人がみても、わかるように書かれています。
なにより、知的好奇心をうながすように、歴史をたどるため、読んでいて飽きません。
ざっくり、かつ、ある程度、くわしく世界史の流れを知りたい人には、もってこいの1冊です。
よければチェックしてみてください。
ではまた〜。