どうも、りきぞうです。
大学のころから、世界史に親しんできました。
大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。
・大事なキーワード&人物は?
・この時代のポイントは?
きょうは、この問いに答えていきます。
答えは、つぎのとおり。
・ブロック経済
・経済ナショナリズム
この記事では、つぎの本を参考にしました。
世界恐慌は、ニューヨークの株式市場が暴落したことでおこりました。
以下、[背景 → 展開 → 影響]の流れにそって、そのようすをみていきましょう。
目次
世界恐慌① ─ 背景

世界恐慌は1920年代におけるアメリカの社会状況が大きく影響しました。
恐慌の要因としては、いっぱんにつぎの4つがあげられます。
・過剰生産
・高関税政策
・アメリカ市場への資本の集中
1920年代のアメリカでは、農業不況がおきたことで、ヨーロッパへの農作物の輸出が減っていました。
そのため農産物の価格が下落し、生産者はじょじょ経営が苦しくなっていきました。
また当時のアメリカは繁栄の絶頂をむかえるいっぽうで、物をつくりすぎて過剰生産におちいっていました。
そのために企業は、生産を減らしために失業者が増加し、市場全体の購買力が下がることになりました。
失業率が高まり、購買力が下がれば、それまで市場をささえていた中間層も弱くなり、アメリカ経済の停滞をまねくことになります。
また世界全体の市場をみると、第一次世界戦後には、疲弊したヨーロッパに代わって、アメリカに世界の富が集中していました。
その結果、あり余った資本は、土地や株式に流れ、バブルをひきおこすことにつながります。
また、過剰生産や購買力の低下がおきるなかで、国内の不況を警戒した各国は、海外製品にたいして高関税政策をおこないます。
国内産業を救うための措置ですが、これがかえって世界貿易の停滞をまねき、経済はますます落ちこんでいくことになります。
世界恐慌② ─ 展開

うえにあげた4つの要因が合わさっておきたのが、世界恐慌でした。
1929年10月24日、ニューヨークの株式市場(ウォール街)が、とつじょ暴落します。
のちに「暗黒の木曜日」とよばれ、大暴落の結果、
・銀行の倒産
・アメリカ市場から資本の流出
といった事態がもたらされ、アメリカだけでなく世界各国に波及していきました。
一連の危機にたいしてフーヴァー大統領は「フーヴァー=モラトリアム」とよばれる経済対策をおこないます。
これは、
というものでした。
しかし宣言はしてみたものの、効果はほとんどありませんでした。
世界恐慌③ ─ 影響

世界恐慌は、世界各国にさまざまな影響をあたえました。
具体的には、
・ファシズム
・計画経済
の3つです。
世界の貿易が沈むなかで、
・アメリカ
・フランス
などは、他国の製品には高い関税をかけたうえで、自国がおさめる植民地とだけ、貿易をおこないます(ブロック経済化)。
かれらは本国以外でも輸入/輸出できる領土をもっていたため「もてる国」とよばれていました。
いっぽう、
・ドイツ
・イタリア
などは帝国主義時代に植民地獲得競争に出遅れたため、マーケットとなるような領土をもちあわせていませんでした。
そのため「もたざる国」とよばれ、資源もなく貿易もできない3カ国は、領地獲得のため侵略戦争をはじめます。
これがファシズムをもたらす要因となりました。
いっぽう社会主義国のソ連は、世界恐慌の影響をうけず、そのまま計画経済をすすめ、世界有数の経済大国へと成長します。
こうして世界各国では、内向きの経済ナショナリズムが横行し、それまでの国際協調は失われていきます。
時間を追うごとに自国中心主義がすすみ、各国の対立が鮮明になってきます。それが絶頂に達したとき、第二次世界大戦が勃発したのでした。
おわりに
世界恐慌をみてきました。
まとめると、こんなかんじです。
・ブロック経済
・経済ナショナリズム
この記事が、世界恐慌を理解するさいのヒントになれば、うれしいです。
では、また。




