どうも、りきぞうです。
大学のころから、世界史に親しんできました。
大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。
・大事なキーワード&人物は?
・この時代のポイントは?
きょうは、この問いに答えていきます。
答えは、つぎのとおり。
・平和五原則
・アジア=アフリカ会議(バンドン会議)
・非同盟諸国首脳会議
・周恩来
・ネルー
・ナセル
・ティトー
この記事では、つぎの本を参考にしました。
目次
第三勢力の台頭① ─ 形成

第三勢力(第三世界)は、アメリカとソ連による東西冷戦体制のなかで、非同盟と中立をかかげることで形成されました。
具体的な地域と時期は、つぎのとおりです。
→ 1920年代〜1930年代
東アジア&東南アジア&南アジア
→ 1940年代
アフリカ
→ 1960年代
朝鮮戦争やインドシナ戦争をはじめ、アメリカ&ソ連主導でなされる争いに対抗し、自立を強めたのが、第三勢力が台頭するきっかけでした。
まずコロンボ会議では、
・AA会議の開催
・核実験禁止要求
などが提案されます。
また先進各国が参加したジュネーブ会議中に、中国の周恩来とインドのネルー大統領の会談がひらかれました。
そこでは平和五原則が提起され、
・領土の不可侵
・領土の不干渉
・平等互恵
・平和共存
が宣言されました。
このような背景から第三勢力が台頭してきます。
第三勢力の台頭② ─ 発展

その後アジア=アフリカ会議(バイドン会議)が開催されると、第三勢力はより発展していきます。
東西冷戦に対抗する29カ国がインドシナのバイドンにあつまり、平和十原則を提唱します。
また、
・周恩来
・ネルー
・ナセル
・ティトー
たちの指導のもと、ナセルとスエズ運河の国有化が宣言されます。
アフリカでは欧米列強から植民地支配をうていた国々で独立運動が高まってきます。そのため民族運動がもりあがった1960年以降は「アフリカの年」とよばれています。
さらに1961年にはベオグラードで非同盟諸国首脳会議がひらかれます。
これはティトー&ナセル&ネルーの呼びかけで開催されたもので、平和十原則をふまえたかたちで、
・民族解放闘争援助
・植民地主義の打破
・外国軍事基地の撤退
などが宣言されました。
第三勢力の台頭③ ─ 影響

第三勢力による平和共存の訴えは、東西冷戦体制にまきこまれる国々を喚起させたものの、かならずしも良い影響ばかりではありませんでした。
第三勢力の台頭により、
- 地域紛争の勃発
- 開発独裁の進行
といった問題が新たにうまれました。
地域紛争の勃発
第三勢力の台頭後、いわゆる後進国エリアを中心に紛争がひんぱつします。
おもなトコだと、つぎの3つです。
・インド=パキスタン戦争
・第三次中東戦争
これらの争いから第三勢力の国どうしでも内紛がおこり、指導者だったネルー&ナセルの権威もいちじるしく低下します。
開発独裁の進行
もともと第三勢力の国々は、植民地政策の影響で経済基盤が弱く、先進国との貿易にたよっていました。
そのためモノカルチャー化がすすみ、経済の底上げができないことから、各地の政府にとって国内の統合はなかなかできない状況でした。
そんななかで開発独裁とよばれる動きがあらわれます
これは、
のことです。
代表的な政治家としては、
・蔣経国(台湾)
・スハルト(インドネシア)
・マルコス(フィリピン)
・パフレフィー2世(イラン)
などの5人があげられます。
かれらはとくにアメリカからの援助をうけながら国内の経済を順調に押し上げていきます。
いっぽうで開発独裁がなされた国々では、一部のトップ層に富が集中するため、国内では格差が広がり、たいていの人たちは貧しい生活を強いられるようになります。
おわりに
第三勢力の歴史をみてきました。
まとめると、こんなかんじです。
・平和五原則
・アジア=アフリカ会議(バンドン会議)
・非同盟諸国首脳会議
・周恩来
・ネルー
・ナセル
・ティトー
この記事が、第三勢力の歴史を理解するさいのヒントになれば、うれしいです。
では、また。




