【図解】カントの哲学&名言 ─ 「仮言命法/定言命法」

どうも、りきぞうです。

大学のころから、哲学に親しんできました。

大学院時代は、本格的に人文書・哲学書にあたってきました。

カントの哲学にも、ふれてきました。

同じように、知りたいなぁと思っている人もいるかと。

とはいえ、

カントはどんな人?
カント哲学のポイントは?
かれの残した名言は?

─ こんな悩み&疑問をいだく人も多いはず。

そこで、この記事では、カントの考えをみていきたいと思います。

先に結論をいうと、つぎのとおり。

りきぞう

カントは、近代ヨーロッパの哲学者
「仮言命法/定言命法」をキーワードに、独自の道徳論を展開した
道徳について「行動原理は心の傾きに依拠するが、命法は心の傾きを否定する」などの名言を残している

以下、目次にそって、[著者 → ポイント → 名言]の順でみていきます。

ちなみに、参考にしたカントの本は、こちら。

引用ページも、本書によります。

著者

カントは、ドイツ人で、1724年〜1804年に生きた人です。

あまりに有名なので、説明は不要かもです。

主著は『純粋理性批判』『実践理性批判』『永遠平和のために』など。

カントといえば、認識論をあつかった『純粋理性批判』です。

けれど、分量も多く、カント独自の用語がひんぱつして、むずかしいです。

いっぽう『実践理性批判』のほうが、道徳テーマにあつかっているので、とっつきやすいです。

分量もほどよく、さいきん出た「中山訳」だと、すんなり読めます。

カントの哲学にあたる場合、まずは『実践理性批判』から読みすすめるのが、おすすめです。

カント思想の〝クセ〟みたいのが、わかってきます。

ポイント ─ 「仮言命法/定言命法」

『実践理性批判』にしぼって、カントの思想をみていきます。

ポイントは、「仮言命法/定言命法」です。

カンケツにまとめると、つぎのとおり。

図解説明

普遍的な道徳の根拠を定める。

道徳の根拠とは何か。

2つの考えがある。

仮言命法/定言命法である。

仮言命法は「Aを欲するなら、Bせよ」という命令をさす。

(例:お金 or 感謝がほしいから、ひとを助ける)

反対に、定言命法は「Aを欲するかにかかわらず、Bせよ」という命令をさす。

(例:お金 or 感謝を得るにかかわらず、ひとを助ける)

道徳法則は、目的達成の手段ではなく、目的そのものでなくてはならない。

目的に応じて行為(=手段)が変われば、それは普遍ではないからである。

そのため、普遍的な道徳は「定言命法」の形式をとる。

定言命法に合致する行為が「義務」に値するふるまいである。

ひとこと

・「Aのために、Bする」という形式
・「目的/手段」図式

では、いつでも・どこでも当てはまる「道徳法則」をとらえることはできません。

普遍的な道徳というからには、「Aにかかわらず、Bせよ」という無条件の命令形式をとります。

この発想の背景に、現実界/英知界の考え方があります。

カントは、わたしたちが実際にみる世界を「現実界」認識能力をこえた世界を「英知界」とよびました。

英知界では、人間がさわることも、とらえることもできない「物自体」が支配しています。

同じく「普遍的な道徳法則」も存在します。

現実界にいる、わたしたちは、そのまま把握できません。

しかし、理性をつかえば、道徳法則の一部(=良心の声)を聞くことができます。

その声が、定言命法「Aを欲するかにかかわらず、Bせよ」というかたちで訴えてくるわけです。

これが、カントによる道徳論のなかみです。

みてわかるとおり、西洋哲学にふれていないと、なかなかしっくりこないはなしです。

とくに、世界を現実界/英知界にわけて、〝あちら〟に「物自体」「普遍的な道徳法則」がある、という発想は、わりと受け入れがたいです。

このあたりは、じっさいに『実践理性批判』を読んで、自分なりに消化してみるしかありません。

文章はそこまでむずかしくないので、あとは、ひとりひとりの価値観によって変わるかなぁと思います

名言

つぎに、カントの名言をあげていきます。

行動原理/命法

命法は、客観的に妥当するものであり、主観的な原則としての行動原理とは、まったく異なるものである。(p.56)

─ 『実践理性批判 上巻』021

うえのポイントの前提です。

「主観=行動原理/客観=命法」と規定することで、仮言命法/定言命法の考えにせまっていきます。

行動〝原理〟というからには、パターン化できます。

しかし、ある程度まで把握できるものの、ある地点をこえると、ひとの認識能力では、把握できない「命法」が出てきます。

これが「定言命法」です。

たしかに一部はとらえることはできます。

けれどすべては把握できません。

現実界にいるわたしたちは、その一端(=良心の声)を聞くだけです。

〝声の主〟は、見ることも、ふれることもできません。

気持ちに〝浮き沈み〟のある人間には、いつでもどこでも当てはまる道徳法則は、とらえることはできないわけです。

行動原理は心の傾きに依拠するが、命法は心の傾きを否定する。(p.56)

─ 『実践理性批判 上巻』021

実践理性からみた幸福

〔……〕幸福であるかどうかという認識は、まったく経験的な所与にもとづくものであるから、そして自分が幸福であるかどうかという各人の判断は、それぞれの人の意見によって著しく異なるものであり、同じ人の意見すら非常に変わりやすいものであるから、幸福の原理は一般的な規則をあたえることはできても、普遍的な規則をあたえることは、決してできないのである。(p.105)

─ 『実践理性批判 上巻』048

厳密に、道徳について語るカントですが、幸福については、このような意見です。

〝ひとによって変わるから、普遍化・法則化できません〟と。

あっさりしてます(笑)

この一文からわかるとおり、『実践理性批判』では、「善い/悪い」を考察しているわけです。

「幸/不幸」については、深く論じてはいません。

個人的には、この点が〝肩透かしを食らった〟かんじです。

善/悪よりも、幸/不幸を知りたかったんですが 😅

冷めた視点をもったカントだからこそ、ひとによって異なる幸福については、判断をさしひかえたんでしょうか。

まとめ

まとめると、

りきぞう

カントは、近代ヨーロッパの哲学者
「仮言命法/定言命法」をキーワードに、独自の道徳論を展開した
道徳について「行動原理は心の傾きに依拠するが、命法は心の傾きを否定する」などの名言を残している

ぜひ、カントの思想を知るうえで、参考にしてみてください。

ではまた〜。