どうも、りきぞう(@rikizoamaya)です。
大学院では、キャリア論と社会保障を研究していました。
社会人なってからは、予備校講師 → ウェブディレクター → ライターと、いろんな職業にたずさわってきました。
働き方についても、契約社員 → 正社員 → フリーランスと、ひと通り経験してきました。
働くなかで思うのは、自分の市場価値をアップするには「教養」が大切だということ。
・深くものごとを考えられる
こういう人たちは、キホン、教養を身につけています。
教養とは、なにか ─ それは、歴史と古典です。
なかでも、文学作品の古典は、王道といえます。
わたしも、計300冊以上は、読んできました。
きょうは、
を紹介していきます。
近代以降の作家は、たいてい『ドン・キホーテ』の影響をうけています。
小説のカタチをつくったといってもよい。
それくらい、重要な作家であり、作品です。
なので、近世・近代以降の古典文学にふれるには、まずは『ドン・キホーテ』から入るのがベターです。
目次
セルバンテス『ドン・キホーテ・前編』の基本
セルバンテスの人物像
セルバンテスは、近世ヨーロッパ期の人物。
世界史で有名な「レバントの海戦」で、スペイン軍人として参加 ─ 。
戦争後は、海賊の捕虜となり、アルジェで5年間の捕虜生活をおくります。
その後、小説を書きながら、徴税吏として働きますが、職務での責任をとるかたちで、投獄されます。
『ドン・キホーテ』の構想は、このとき生まれたといわれます。
釈放後、近代小説の金字塔となる『ドン・キホーテ』を執筆します。
セルバンテスの著書
短編・戯曲も書いてします。
けれど、セルバンテスの主著は、文句ナシに、つぎの2冊です。
『ドン・キホーテ・後編』(1615年)
『ドン・キホーテ』というと、1つの作品に思われがちですが、前編・後編に分かれています。
もともとセルバンテスは、前編しか書かないつもりでした。
しかし、ヒットしたおかげで、後編として「続編」を書きました。
このあたりの事情は、『スターウォーズ』のように、映画作品と同じですね。
ただ「前編」といっても、かなり長いです。
文庫本で3冊分あります。
後編も3冊分あります。
すべてレビューするには、あまりに長い。。
なので、この記事では、前編だけを取りあげます。
ちなみに翻訳は、牛島訳(kindle版)です。
手頃に入手できるうえ、文句ナシの名訳です。
セルバンテス『ドン・キホーテ・前編』の概要
一言でいえば、貧乏地主の冒険小説です。
ポイントは、 「騎士道物語」を読みすぎて、自分が「ホンモノの騎士」だと思いこみ、物語 / 現実の区別ができなくなるトコ。
まわりの世界を「騎士道小説の舞台」にしかみれない、郷士(アロンソ・キハーノ)が、かずかずの珍事を起こしています。
つぎに目次。
前編は、4部&49章で構成されています。
それぞれ、こんなかんじです。(※ タップすると、開きます)
第2章 機知に富んだドン・キホーテが郷里をあとにした最初の旅立ちについて
第3章 ドン・キホーテが騎士に叙された愉快な儀式について
第4章 宿屋から出発したわれらの騎士に起こったことについて
第5章 ひきつづき、われらの騎士の災難が語られる
第6章 司祭と床屋がわれらの機知に富んだ郷士の書庫で行なった、愉快にして大々的な書物の詮議について
第7章 われらの善良なる騎士、ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャの二度目の旅立ちについて
第8章 勇敢なドン・キホーテが、かつて想像されたこともない驚嘆すべき風車の冒険において収めた成功、および思い出すのも楽しいほかの出来事について
第10章 ドン・キホーテとビスカヤ人とのあいだに起こったさらなる冒険、およびドン・キホーテが一群のヤングワス人に出くわしておちいった危機について
第11章 ドン・キホーテと山羊飼いたちのあいだに起こったことについて
第12章 ドン・キホーテといっしょにいた者たちに、ある山羊飼いが語ったことについて
第13章 ここでは羊飼いの娘マルセーラの話に結末がつけられ、またそのほかの出来事も語られる
第14章 ここでは死んだ羊飼いの絶望の詩 が披露されると同時に、思いもよらぬ出来事が語られる
第16章 城だと思いこんだ旅籠で機知に富んだ郷士に起こったことについて
第17章 ここでは勇敢なドン・キホーテが狂気ゆえに城と見なした旅籠で、善良な従士サンチョ・パンサとともにこうむった無数の災難がなおも続く
第18章 ここではサンチョ・パンサが主人のドン・キホーテと交わした会話、および聞くに値する冒険が語られる
第19章 サンチョが主人と交わした気のきいた会話、主人にふりかかった死体の冒険、および、そのほかの名高き出来事について
第20章 勇敢なドン・キホーテが、この世の名にしおう騎士たちがかつてなしとげたいかなる冒険よりもやすやすと、ほとんど危険な目にあうことなくやりとげた前代未聞の冒険について
第21章 燦然たるマンブリーノの兜を奪取するにいたったとびきりの冒険、ならびに、われらの無敵の騎士に起こったそのほかのことを扱う章 〔※ 以上、1巻〕
第22章 行きたくもない所へ無理やり連行されていく、多くの不幸な者たちにドン・キホーテが与えた自由について
第23章 シエラ・モレーナ山中で高名なドン・キホーテに起こったこと、すなわち、この真実を語る物語のなかでも最も珍しい冒険のひとつについて
第24章 ここではシエラ・モレーナ山中での冒険が続く
第25章 ここではシエラ・モレーナ山中での冒険が続く
第26章 ここではシエラ・モレーナ山中での冒険が続く
第27章 ここではシエラ・モレーナ山中での冒険が続く
第29章 われらの恋する騎士を、彼がみずから行なっていた厳しい苦行から連れ出すためにとられた愉快な策略と方法を扱う章
第30章 美しきドロテーアの聡明さ、および、はなはだ楽しくも愉快なことどもを扱う章
第31章 ドン・キホーテとその従士サンチョ・パンサのあいだに交わされた、味わい深くも愉快な会話、およびそのほかの出来事につい
第32章 宿屋でドン・キホーテの一行に起きたことを扱う章
第33章 ここでは小説『愚かな物好きの話』が語られる
第34章 ここでは小説『愚かな物好きの話』が続けられる 〔※ 以上、2巻〕
第35章 ここでは小説『愚かな物好きの話』に結末がつけられる
第36章 旅籠で起こった、そのほかの風変りな出来事を扱う章
第37章 旅籠で起こった、そのほかの風変りな出来事を扱う章
第38章 ドン・キホーテが文武両道にわたって行なった興味津々たる演説を扱う章
第39章 ここでは《捕虜》がおのれの身の上話をする
第40章 ここでは《捕虜》の身の上話が続けられる
第41章 ここでは《捕虜》がさらに身の上話を続ける
第42章 なおも宿屋で起こったこと、および、そのほか知るに値する多くのことについて扱う章
第43章 なおも宿屋で起こったこと、および、そのほか知るに値する多くのことについて扱う章
第44章 ここでは旅籠で起こった前代未聞の事件が続く
第45章 ここではマンブリーノの兜と荷鞍にまつわる疑問が最終的に解決されると同時に、ほかの実際に起こった冒険が語られる 〔※ 以上、3巻〕
「文庫3冊分」ということで、さすがに長いですね。
とはいえ、前編まで、一気に読みすすめるのが、おすすめです。
「冒険小説」なので、いったんストーリーに入れば、ハマると思います。
翻訳もすばらしいので、退屈することはありません。
セルバンテス『ドン・キホーテ・前編』で気になったトコ
以下、気になったトコをあげてみます。
ドン・キホーテの思いこみ
みずからを「騎士」と思いこんだ、ドン・キホーテ(本名:キハーノ)が、トラブルを起こしていく ─ コレがはなしのパターンです。
近世をむかえたスペインでは、中世ヨーロッパで普及していた「騎士道」文化・精神は、すでに衰退していました。
〝おはなし〟だけの「騎士道」を、実地でおこない、各地を遍歴する ─ ここが『ドン・キホーテ』の魅力です。
いまでいえば、自分を「武士」と思いこんだオジさんが、日本全国を旅する、といったかんじです。
その点を反映して、翻訳でもドン・キホーテのセリフは、「拙者」「〜ござる」が多用されます。
風車のシーン
なかでも有名なのが、風車につっこむシーンですね。
巨大な風車を、巨人「ブリアレーオ」と思いこんだ、ドン・キホーテ ─ 。
従士「サンチョ」の〝ツッコミ〟にも耳をかさず、風車=巨人に近づきます。
乗り馬ロシナンテに拍車を当てたドン・キホーテは、従士のサンチョがうしろから、旦那様が攻めようとなさっているのは、間違いなく風車であって巨人なんかじゃありませんよ、と注意する声に耳を貸そうとはしなかった。なにしろ彼は、それらが巨人だと天から思いこんでいたので、従士サンチョの大声もまるで耳に入らなかっただけでなく、風車のすぐそばまで近づいても、その正体に気づきさえしなかったのだ。(1巻 no.1,834)
退治するため、ヤセ馬「ロシナンテ」に乗ったまま、剣1本・よろい1つで、突入・突撃します。
折しも一陣の風が吹いてきて、大きな風車の翼がいっせいに動き出した。それを見ると、ドン・キホーテはこう叫んだ 「たとえおぬしらが、かの巨人ブリアレーオより多くの腕を動かしたところで、拙者が目にもの見せずにおくものか。今に思い知るぞ。」〔……〕盾をしっかりと構え、槍を小脇にかいこんで、ロシナンテを全速力で駆けさせ、いちばん手前にあった風車に突撃した。(1巻 no. 1,840)
結果、ロシナンテといっしょに、ふきとばれることに……。
彼が思いきり槍を突き立てたその瞬間、風が激しい勢いで翼を回転させたものだから、その槍がへし折られただけでなく、馬とその乗り手もそっくり翼にさらわれて、反対側に放り出され、むざんにも、野原をころがっていく始末だった。(1巻 no. 1,846)
虚構 / 現実の区別がつかないばかりに、〝返り討ち〟に合います。

セルバンテスのねらい
単純にエンタメとして笑えますが、なぜセルバンテスは、こんなストーリーを描いたのでしょう。
なぜ、時代錯誤の「騎士」を、近世スペインに蘇らせたんでしょうか。
2つのねらいがあるといわれています。
② 黄金時代(資本主義社会)への皮肉
① については、当時、栄華を誇っていたスペイン帝国でしたが、敗戦をキッカケに、じょじょに衰退していました。
セルバンテス自身、スペイン軍に参加していたくらいですから〝思うところ〟があったはず。
「ドン・キホーテ=スペイン帝国」に重ね合わせることで、世代交代・時代錯誤・凋落ぶりを、描きたかったのかもしれません。
訳者・牛島さんは「解説」で、こう述べます。
中世の(したがって過去の) 秩序と美徳の化身である遍歴の騎士のなかに、自身と祖国の熱にうかされた英雄時代を仮託したセルバンテスは、ドン・キホーテという遍歴の騎士のパロディを創造することにより、表向きは自分とスペインの過去(=ドン・キホーテ) を否定するかのごとき体裁をとりながら、一方では、その純粋な熱情の美しさを微笑みながら認めている。古いがたがたの甲冑に身をかため、この世の不正を正そうとして旅に出る、ひょろひょろの初老の騎士ドン・キホーテは、騎士道物語のスーパーマンに対する諷刺であると同時に、背伸びしすぎたスペインと自身に対する愛情のこもった諷刺でもあったのだ。(3巻 解説 no.5,047)
どこまで〝愛のある表現〟だったのかわかりませんが、風刺なのは、まちがいありません。
② については、スペイン帝国が衰退すると同時に、ヨーロッパ地域では、資本主義・市場経済のしくみが、台頭していました。
礼節を重んじ、質素倹約をつねとする、騎士「ドン・キホーテ」をおくことで、カネでまわる世の中を皮肉ったわけです。
たとえば、ほかのシーンで、つぎのようなセリフを、何度も口にします。
友のサンチョよ、よく承知しておいてもらいたいが、拙者はわれわれの住むこの鉄の時代に金の時代を、つまり世に言う黄金時代をよみがえらせるために、神意によって生まれてまいったのじゃ。したがって、この世のもろもろの危険、輝かしい武勲、勇ましい偉業といったものはすべて拙者のためにとっておかれているのじゃ。(1巻 no.4,632)
ここでドン・キホーテがいう「黄金時代」とは、セルバンテスの皮肉です。
資本主義〝まっさかり〟の世の中で、中世の騎士が「黄金」をもちだすトコに、おかしさがあるわけです。
さらに、セルバンテスがうまいのが、この〝こっけいな〟セリフを、現実主義者の従士「サンチョ」に、くりかえし言わせている点です。
「〔……〕よく承知しておいてもらいたいが、拙者はわれわれの住むこの鉄の時代に金の時代を、つまり世に言う黄金時代をよみがえらせるために、神意によって生まれてまいったのじゃ。したがって、この世のもろもろの危険、輝かしい武勲、勇ましい偉業といったものはすべて拙者のためにとっておかれているのじゃ」このようにしてサンチョは、〔……〕ドン・キホーテが口にした仰々しい言葉をほとんどそのまま、口調まで真似てくり返したのである。(1巻 no.4,929)
ツッコミ役のサンチョに、「黄金時代」の理想をしゃべられせることで、資本主義の世の中を、読み手に自覚させるわけです。
さらにさらに、おもしろいのが、このときサンチョは、お腹をこわして「脱糞」している最中です。
「資本=黄金=クソ」をつなげることで、資本主義時代を浮きぼりにしているわけです。
いやぁ、ほんと二重三重に、物語がつくりこまれています。
メタ構造
『ドン・キホーテ』のもうひとつとして、「メタ構造」があります。
具体的には、つぎの2点です。
・小説内小説
カンタンにふれてみます。
フクスウの語り手
じつは『ドン・キホーテ』の語り手は、セルバンテス自身ではありません。
フツーの小説なら、「作者=物語の語り手」です。
けれど、このおはなしは、「ドン・キホーテのエピソード」を知った、外国人「ハメーテ」が、紙におこし、それをスペイン人が翻訳し、さらに、その訳書を、セルバンテスが『ドン・キホーテ』として出版する、という流れになっています。
つまり、
というかたちで、語り手が〝入れ子〟(=メタ構造)になっているわけです。
小説内小説
メタ構造のもうひとつの特徴として、「小説内小説」があります。
『ドン・キホーテ』のなかに、べつの物語が、2、3つ、挿入されています。
具体的には、つぎのおはなしです。
・小説『愚かな物好きの話』
メインのプロットは、ドン・キホーテが起こす事件・トラブルです。
いっぽう、ドン・キホーテの珍道中のさなかに、出会った青年&少女が、自身の「恋バナ」を語りだしたり、司祭がたまたまみつけた小説本のストーリーが紹介されたりします。
つまり、本筋とは別に、ドン・キホーテとはカンケーないストーリーが展開されるわけです。
この点が、『ドン・キホーテ』が、「メタ構造」をもつ小説と呼ばれるうちのひとつです。
ところどころで、本編からストーリーを〝ズラす〟ことで、読み手を〝一歩引かせる〟手法をとっているわけです。
2つの点からも、『ドン・キホーテ』がいかに、フクザツなつくりになっているかわかります。
かといって、モチーフはバカバカしく、表現・文体も、わかりやすい。
名作と呼ばれるゆえんです。
おわりに
セルバンテス『ドン・キホーテ・前編』をみてきました。
近代以降の小説は、『ドン・キホーテ』から始まる、といわれます。
古典文学を知るうえでは、さけてとおれない作品です。
とはいえ、ムズかしくなく、たのしんで読めます。
気楽なキモチで、手にとってほしいと思います。
よければ、チェックしてみてください。
ではまた〜。

