対抗宗教改革の歴史 ─ イエズス会・公会議・魔女狩り・カトリック【わかりやすく簡単に解説】

どうも、りきぞうです。

大学のころから、世界史に親しんできました。

大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。

・対抗宗教改革について知りたい
・大事なキーワード&人物は?
・この時代のポイントは?

きょうは、この問いに答えていきます。

答えは、つぎのとおり。

キーワード
・イエズス会
・トリエント公会議
・魔女狩り
重要人物
・イグナティウス=ロヨラ
・フランシスコ=ザビエル
ポイント
・宗教改革をうけて、ローマ=カトリックはトリエント公会議で対抗宗教改革を打ちだし、教皇至上権をあらためて確認した

この記事では、つぎの本を参考にしました。

ヨーロッパ各地で宗教改革がもりあがるなかで、カトリック内部からも対抗&調停の動きがみられるようになります。

なかでも、

  • イエズス会の結成
  • トリエント公会議の開催

は、カトリック派の動向を大きく変えるものでした。

以下、それぞれの流れをみていきます。

対抗宗教改革の歴史① ─ イエズス会

イエズス会の宣教師

イエズス会は、

・イグナティウス=ロヨラ
・フランシスコ=ザビエル

など、スペインの宣教師によってつくられた組織です。

反プロテスタントのもと、

・教皇への絶対忠誠
・カトリックの布教

を目的に結成されました。

重要なのは軍事的な規律をベースに組織運営がなされていたことです。それにより、布教活動が一気に広がりました。

南ドイツでは支持者を増やすいっぽう、ラテンアメリカやアジア諸国へも宣教師を派遣することができました。

対抗宗教改革の歴史② ─ トリエント公会議

トリエント公会議

イエズス会が反プロテスタントをかかげるいっぽう、当初対決姿勢を示していた皇帝カール5世は、カトリックとプロテスタントを調停するため、会議を開きます。

開催した地名から「トリエント公会議」とよばれ、調停の場をもうけることで、皇帝は領内の混乱をおさえようとします。

しかし会議にはカトリック派しか集まらず、プロテスタント派(新教)は参加しませんでした。

けっきょくカトリックにとって有利な取り決めしかなされませんでした。

おもな内容は、つぎの3点です。

・教皇至上権の確認
・禁書目録の作成
・宗教裁判の強化

なかでも、宗教裁判強化の影響は大きく、トリエント公会議のあと、ヨーロッパ各地で異端審問がおこなれ、無実の人たちまでが処刑台におくられます。

そのふるまいに対抗するかたちで、プロテスタント(新教)側も、カトリック信者を捕らえ、火あぶりの刑にするなど、罪なき人びとをつきつぎ虐殺していきます。

いわゆる「魔女狩り」が横行し、両者の対立は調停不可能になります。

おもな戦争は、つぎのとおりです。

ついには宗教戦争へと発展し、ヨーロッパ各国で[旧教 vs 新教]の争いが、つぎつぎに勃発します。

・フランス → ユグノー戦争
・オランダ → オランダ独立戦争
・ドイツ → 三十年戦争

また戦争がおこるなかで、旧教 or 新教の選択を強制され、結果的にカトリック支持にまわる国家や諸侯があらわれます。

カトリックに復帰した地域は、つぎのとおりです。

・南ドイツ
・ポーランド
・オーストリア
・フランス
・ネーデルラント南部

おわりに

対抗宗教改革についてみてきました。

まとめると、こんなかんじです。

キーワード
・イエズス会
・トリエント公会議
・魔女狩り
重要人物
・イグナティウス=ロヨラ
・フランシスコ=ザビエル
ポイント
・宗教改革をうけて、ローマ=カトリックはトリエント公会議で対抗宗教改革を打ちだし、教皇至上権をあらためて確認した

この記事が、対抗宗教改革を理解するさいのヒントになれば、うれしいです。

では、また。