【経済学】生産性に依存する生活水準

どうも、りきぞう(@rikizoamaya)です。

大学院では、キャリア論と社会保障を研究していました。

社会人なってからは、予備校講師 → ウェブディレクター → ライターと、いろんな職業にたずさわってきました。

働き方についても、契約社員 → 正社員 → フリーランスと、ひと通り経験してきました。

働くなかで思うのは、自分の市場価値をアップするには「教養」が大切だということ。

「できるなぁ」
「いいアイデアを出すなぁ」

と、言われる人は、キホン、教養を身につけています。

これまでたくさんの古典・学術書を読みあさってきました。

あらためて「核となる知識」をマスターしていきたいと考えています。

ここでは「代表的な古典」&「教養ワード」を紹介していきます。

哲学&経済学から、ビジネスや仕事に役立つ知識を共有していきます。

今回とりあげるのは、コレです。

「生産性に依存する生活水準」

経済学では、基本的な考え方です。

ド定番の教科書、マンキュー『入門経済学』でも、「10大原理」のひとつにあがっています。

以下、つぎのテキストを参考に、くわしく説明していきます。

引用のページは、こちらの本によります。

生産性に依存する生活水準

まえの記事で、市場にたいする政府の役割として、「公平性の確保」をあげました。

マーケットは、効率的に資源を配分する機能をもってます。

しかし、放置していたら、人びとのあいだで収入・報酬に差がうまれます。

(いきすぎた)格差を縮めるためにも、租税や福祉制度をつうじて「公平性を確保」する、というリクツです。

そもそも、なぜ収入&生活水準に差が生まれるのか

働き手ひとりひとりをみたときにも、収入・報酬にちがいがあります。

また国家単位でみたときにも、国どうしで生活水準に差があります。

たとえば、ナイジェリアとアメリカでは、平均所得について5倍以上の差があります。

なぜ、収入&生活水準に差が生まれるんでしょうか。

もちろん、育ってきた環境や国の成り立ちなどにも違いがあります。

とはいえ、「いま」の時点に目をむけるとき、イチバンの要因は「生産性」ということになります。

生産性とは?

「生産性」とは、カンタンにいえば「生産能力」です。

つまり〝どれだけモノを作ったか〟ということ。

経済学では、その指標を「生産性」というコトバで表現します。

より正確にいえば、生産性とは、

労働者が1人1時間あたりに生産する財・サービスの総量

のことです。

「時間」の視点を取りいれているのがポイントです。

たとえば、あなたが「1時間でプレゼンの資料をつくった」とします。

つぎの日、30分で作ったとします。

すると、生産性は5割アップした、ということになります。( 1/2 のコストで、モノをつくったことになりますので。)

会社員は「生産性」を意識しにくい

ちなみにですが、この例の場合、「売り上げ」は度外視しています。

〝つくったプレゼン資料が、売り上げに、どう貢献しているか〟という視点があります。

じつは、会社員をしていると、この視点が抜け落ちやすくなります。

企業の場合だと、働いてる人数は多すぎるために、自分の作業が、どれだけ売り上げに貢献しているのか、ハッキリしないからです。

ブロガーのちきりんさんは、「生産性」の盲点として指摘しています。

くわしくは、こちらの記事をお読みください。

【書評】ちきりん『自分の時間を取り戻そう』感想&レビューです。

はなしをもどすと、個人 or 国家の収入・報酬は、その人・その国の生産能力によって決まります。

つまり、生活水準は生産性に依存するわけです。

マンキューは、つぎのようにのべます。

国や時代の違いによって、生活水準に大きな格差や変化があるのは、なぜだろうか。その答えは驚くほどカンタンである。生活水準の格差や変化のほとんどは、各国の生産性の相違によって説明できる。(022)

N.G.マンキュー『入門経済学(第3版)』

労働者が1時間あたりに多く生産できる国においては、ほとんどの人が高い生活水準を享受している。労働者の生産性が低い国においては、ほとんどの人がより低い生活水準を甘受しなければならない。同じように、一国の生産性の成長率は、平均所得の成長率を決定するのである。(022)

N.G.マンキュー『入門経済学(第3版)』

生活水準を決める、その他の要因

こういうと、「生活水準を決めるのは、生産性〝しか〟ないのか?」といったギモンがうかびます。

ショージキ、ここは「程度問題」です。ほかの要素だって、生活水準に影響をあたえています。

じじつ、1930年代の「世界恐慌」では、国全体の支出が、生産性に一致しないという事態が起こりました。

個人・企業が「買える」モノ&サービスの量が少なく、個人・企業が「つくれる」モノ&サービスの量が多い。

いわゆる「デフレ」の状態です。

生産能力(=「つくれる」)がそのまま、購買力(=「買える」)につながらないわけです。

クルーグマンは、この歴史的な事実をしっかり受けとめます。

1930年代には、支出はアメリカの労働者をすべて雇用しつづける必要な水準をはるかに下まわっていた。その結果が、深刻な経済不振だった。じっさい、支出不足はすべてではないにしても、ほとんどすべての不況の要因だといえる。(025)

P.クルーグマン『ミクロ経済学(第2版)』

そこから、つぎのような考えを導きます。

経済全体の支出は、しばしば経済の財・サービスの生産能力と釣り合わない。支出が少なすぎれば、景気後退が生じる。支出が多すぎれば、インフレを引き起こす。(027)

P.クルーグマン『ミクロ経済学(第2版)』

なので、生産能力がそのまま生活水準(収入&支出)を決めるとは限りません。2つのあいだでズレが生じる場合があるからです。

とはいえ、生産性が生活水準を決めるイチバンの要因

というわけで、けっきょくは「程度問題」ということになります。

そのうえで、経済学では、生活水準を決める要因として「生産性」をイチバンに置いているわけです。

たとえばいま「米中貿易摩擦」が起きています。自国の利益を高めるために、お互いに「輸入・輸出規制」をしています。

けれど、自分たちの「生産性=生産能力」が高ければ、わざわざ貿易相手に輸入を制限しなくてもいいわけです。

相手のモノ&サービスが入ってきたところで、高い生産性によって、競争に勝つわけですから。

これは個人の収入・報酬についても同じです。

法律によって「最低賃金」がアップすれば、ひとりひとりの給料は多少あがるかもしれません。

とはいえ、ほんとうに収入・報酬をあげたければ、あなたの「生産性=生産能力」を高めるのがイチバンです。

これは「肌感覚」でわかるはずです。

このように経済学では、生産能力が生活水準の〝すべて〟を決めるとはいいませんが、収入&報酬の〝ほとんど〟が生産性に依存している、と指摘するわけです。

マンキューは、「アメリカの労働組合」「アメリカ企業の国際競争」などの事例をあげて説明します。

たとえば、20世紀のアメリカにおける労働者の生活水準の向上を、労働組合や最低賃金法の功績であると考える人もいるだろう。しかしながら、アメリカ人労働者にとっての本当のヒーローは、かれら自身の生産性の上昇なのである。(022)

N.G.マンキュー『入門経済学(第3版)』

もう一つの例を挙げれば、アメリカの所得が1970年代と1980年代に低成長だったのは、「日本をはじめとする国々との競争のせいである」と主張する評論家たちがいる。しかし、ほんとうの悪者は海外との競争ではなく、アメリカ国内における「生産性成長率」の低下なのである。(022)

N.G.マンキュー『入門経済学(第3版)』

いまの世の中をみたとき、同じような場面をみることができます。

経済については、プレイヤーが変わるだけで、キホン的なトコは、変わってないのかもしれません(笑)

おわりに

「生産性に依存する生活水準」について、みてきました。

マンキュー、クルーグマンともに、最重要ルールとしてあげています。

わりとすんなり理解できますが、ビジネスマンをはじめ、なにかしら策を実施する人にとっては、不可欠な考えです。

知っておいて、損はありません。

ここにあげた記事を参考に、あらゆるシーンで活用してみてください。

きょうあげた知識が、あなたの役立つとうれしいです。

ではまた〜。