どうも、りきぞうです。
大学のころから、世界史に親しんできました。
大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。
・大事なキーワード&人物は?
・この時代のポイントは?
きょうは、この問いに答えていきます。
答えは、つぎのとおり。
・オタワ連邦会議
・ブロック経済
この記事では、つぎの本を参考にしました。
目次
世界恐慌後のイギリスとフランス① ─ 挙国一致内閣

世界恐慌後のイギリスでは、不況対策の期待から、1929年の総選挙で労働党が初めて第一党になります。
第二次マクドナルド内閣が組織され、いくつかの経済対策がおこなれました。
しかし恐慌の影響はあまりに甚大でした。予想以上の失業率上昇から、財政難を心配して、マクドナルド首相は失業保険の削減を提案します。
これに反対したのが身内であるはずの労働党議員でした。〝数の論理〟におされたマクドナルドは首相の辞任に追い込まれます。
そこでマクドナルドは、敵対する保守党と自由党と手をくみ挙国一致内閣を成立させます。
ひとまず政権基盤が安定した内閣は、まずは国内からの資本流出を防ぐため、金本位制を停止します。これにより財政の削減がはかられました。
また、植民地との関係を安定させるため、イギリス自治領にむけてウェストミンスター憲章を制定し、本国と対等な権限をあたえることを約束します。
これにより、形式的にイギリス連邦が成分化されることになりました。
さらにオタワ連邦会議を開催し、
・他国へ保護関税
を取りきめます。
その結果、「スターリング=ブロック」とよばれるブロック経済が形成されます。
世界恐慌後のイギリスとフランス② ─ フラン=ブロック

いっぽうフランスでは、世界恐慌後は、小さな政党が乱立し、政権基盤がなかなか安定しません。
そのなかで右翼団体も台頭し、政局はつねに不安定の状態でした。
しかし、海外貿易にかんしては、ある程度の一致がみられ、イギリスのスターリング=ブロックに対抗するかたちでフラン=ブロックが形成されます。
フランスでもまた自国中心主義が進行し、経済ナショナリズムが展開されます。
その結果、ドル&ポンド&フランのブロック経済化により、世界の貿易量は 1/3 にまで落ちこみ、世界経済はますます低迷していくことになります。
おわりに
世界恐慌後のイギリスとフランスをみてきました。
まとめると、こんなかんじです。
・オタワ連邦会議
・ブロック経済
この記事が、世界恐慌後のイギリスとフランスを理解するさいのヒントになれば、うれしいです。
では、また。




