どうも、りきぞうです。
大学のころから、世界史に親しんできました。
大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。
・大事なキーワード&人物は?
・この時代のポイントは?
きょうは、この問いに答えていきます。
答えは、つぎのとおり。
・カトリック教徒解放法
・第一回選挙法改正
・チャーティスト運動
・人民憲章
・穀物法廃止
・航海法廃止
この記事では、つぎの本を参考にしました。
フランスでの七月革命&二月革命のあおりをうけて、イギリスでも自由主義改革がおこります。
以下、
- 宗教
- 政治
- 貿易
の側面から改革のなかみをみていきましょう。
目次
イギリスの自由主義改革① ─ 宗教

英国では「イギリス国教会が国の宗教である」と定められていました。そんな国教会も、大陸各国でおきる革命の影響からある程度の改革をもとめられます。
おもなところだと、つぎの2つです。
・カトリック教徒解放法の制定
審査法により、それまで国教徒にしか公職就任は認められていませんしたが、廃止によってプロテスタントにも役職に就けることが承認されました(審査法廃止)。
つづけて翌年のカトリック教徒解放法では、カトリック教徒にも公職就任が認められることになりました。
きっかけはアイルランド人オコンネルたちの反対運動で、「宗教における差別徹底」の要求にこたえるかたちで、法律がつくられました、
とはいえこれにはイギリス政府のねらいもあり、この時期「アイルランド問題」が深刻になっていたので、ある意味〝ガス抜き〟を目的に法律が制定されました。
イギリスの自由主義改革② ─ 政治

議会政治がおこなれていたといっても、政治の中心はジェントリや貴族などの富裕層がにぎっていました。
そんななか、大陸での市民革命の影響をうけて、宗教と同じく政治の分野でも改革がもとめられます。
そのひとつが第一回選挙法改正でした。
きっかけは商工業都市への人口集中にともない農村部で過疎化がすすんだことでした。
それにより選挙人がだれもいない腐敗選挙区がうまれ、この事態を回避するためにホイッグ党グレイ内閣が選挙法の改正を実施します。
結果、腐敗選挙区はなくなり、産業資本家に選挙権があたえられることとなります。
つづいておきたのがチャーティスト運動です。
これは、第一回選挙法改正で選挙権を獲得できなかった労働者たちが、その失望と不満からひきおこした反抗運動でした。
チャーティスト運動の参加者は人民憲章をかかげて参政権をもとめます。しかし、かれらの要求はなかなか通らず、1848年以降は運動そのものが下火になっていきます。
なお、1215年の大憲章(マグナ=カルタ)が「貴族の権利を認めたもの」としたうえで、人民憲章は人民の権利を認めるよう求めます。
その内容は、つぎの6項目からなっていました。
・無記名による秘密投票
・議員の財産資格の廃止
・議員の有給制
・均等選挙区制
・年度ごとの議員改選
いまからみれば、わりと当たり前なものばかりです。それだけ議会政治が浸透していたイギリスであっても、ふつうの人たちにしてみれば、政治は遠い存在でした。
イギリスの自由主義改革③ ─ 貿易

貿易についても、さまざまな分野で改革がなされます。
おもなところだと、つぎの3点です。
・穀物法の廃止
・航海法の廃止
東インド会社の商業活動がストップしたことで、それまで茶貿易や中国との貿易で利益を独占してきた商業資本家が衰退します。
代わりに、イギリス本国で生産する産業資本家が大きな利益をあげることになりました。
また、コブデンやブライトたちが反穀物法同盟を結成し運動を展開したことで、地主階級に有利となっていた穀物法が廃止されます。
結果、土地の領主たちは衰退し、代わって穀物生産事業にとりくんでいた産業資本家が利益を獲得していきます。
さいごが航海法の廃止です。
こちらも東インド会社の貿易独占と同じく、一部の商業資本家しか利益を得ていませんでした。
航海法廃止により、自由貿易体制が確立します。それにより商業にたずさわるすべての人に利益獲得のチャンスがあたえられ、ふつうの人たちでも経済力をつけるようになっていきます。
おわりに
イギリスの自由主義改革についてみてきました。
まとめると、こんなかんじです。
・カトリック教徒解放法
・第一回選挙法改正
・チャーティスト運動
・人民憲章
・穀物法廃止
・航海法廃止
この記事が、イギリスの自由主義改革を理解するさいのヒントになれば、うれしいです。
では、また。




