どうも、りきぞうです。
大学のころから、世界史に親しんできました。
大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。
・大事なキーワード&人物は?
・この時代のポイントは?
きょうは、この問いに答えていきます。
答えは、つぎのとおり。
・明治維新
・樺太千島交換条約
・台湾出兵
・甲午農民戦争
・下関条約
・全琫準
この記事では、つぎの本を参考にしました。
目次
日本の近代化① ─ 明治維新

日本の近代化は、ペリーの来航から始まります。
アメリカにたいして軍事力で劣る日本(江戸幕府)は、日米和親条約をむすび、
・領事駐在
・片務的最恵国待遇
を確約させられます。
その4年後には日米修好通商条約をむすび、
・関税自主権
のふたつを失うことになりました。
みてわかるとおり、どちらの条約とも不平等条約でした。
近代化政策
ふがいない江戸幕府にたいして、全国各地から不満の声があがります。
なかでも反抗の態度をしめしたのが、江戸から遠くはなれた薩摩と長州でした。商人や下級武士を中心に「江戸幕府打倒」をかかげ、天皇を軸とした国家体制をめざします。
かれらの試みは成功し、明治維新が達成するされます。
以後、倒幕藩士が中心となって、
・殖産興業
・西欧文明の学習
などの近代化政策を、つぎつぎにおこなっていきます。
明治維新の約20年後には、大日本国憲法が発布され、その翌年には帝国議会が開かれています。
樺太千島交換条約
いっぽう外交にかんしては、南下するロシアと日露和親条約をむすび、択捉島以南の千島諸島は日本の領土とし、樺太はロシアとの共同占有が約束されます。
その約20年後には樺太千島交換条約がむすばれ、条約と名まえのとおり、
・樺太 → ロシア領
が約束されます。
また南端の琉球は、明治維新前後に日本(薩摩)と清国の両属が決まります。
その後、日清修好条規を両国が認めるものの、琉球の帰属問題は解決されません。しかしさいごは、なかば力づくで琉球藩を設置し、日本の領地とします。
これにより長年きずいてきた清朝との冊封体制を断ちます。
さらに琉球の独立を阻止するため、沖縄県に改称し「琉球」の名を取り消します。
その後も日本は、南方にむけて領土拡大をねらい、琉球のおとなり台湾に軍を派遣し、台湾出兵をおこないます。
当然ながら、清国とのあいだで小競り合いがおき、さいごは条約をむすび、
・清国の台湾領の承認
・清国からの日本への賠償金支払い
が取り決められました。
日本の近代化② ─ 日清戦争

台湾出兵から約20年後、一定の近代化を果たした日本は、清国をめぐり争いをおこします。
日清戦争です。
背景としては、清国内で「東学」とよばれる新たな学問の広まりがありました。
主導者の崔済愚が、民間信仰に儒教・仏教・道教をおりまぜた新興宗教をおこし、キリスト教に対抗します。
ヨーロッパ諸国による清朝進出も相まって、宗教運動は激しさを増し、ついには東学の指導者である全琫準がひきいる農民反乱にまで発展します。
この争いを「甲午農民戦争」とよびます。
清朝国内の反乱でしたが、清国は日本軍と協力して出兵し、鎮圧に乗りだします。
しかし、すきをついた日本はそのまま清国にたいしても戦争をしかけ、ここに日清戦争が勃発します。
結果、日本は勝利を果たし、全権大使の伊藤博文と李鴻章のあいだで、下関条約がむすばれます。
それにより、両国間で、
・遼東半島&台湾&澎湖諸島の割譲
・賠償金の支払い
・片務的最恵国待遇
・開港都市での日本企業の設立
が確約されます。
下関条約
下関条約は、日本・清国・朝鮮に、さまざまな影響をあたえました。
まとめると、つぎのとおりです。
・賠償金により国内での産業革命が発展
・朝鮮への影響力強化をきっかけに、大陸侵出が進む
・ロシアとの領土対立が不可避となり、日露戦争のひきがねに
清国:
・朝鮮を失うことで、東アジア地域の冊封体制は完全に崩壊
・日本との敗北をきっかけに、西洋列強が清朝領土の進出をねらう
朝鮮:
・日本への従属を不満にもつ中央政府は、ロシアと接近する
おわりに
日本の近代化をみてきました。
まとめると、こんなかんじです。
・明治維新
・樺太千島交換条約
・台湾出兵
・甲午農民戦争
・下関条約
・全琫準
この記事が、日本の近代化を理解するさいのヒントになれば、うれしいです。
では、また。




