【世界史】遊牧民の歴史 まとめ

どうも、りきぞうです。

大学のころから、世界史に親しんできました。

大学院時代は、本格的に人文書・歴史書にあたってきました。

・遊牧民の歴史を、ざっくり知りたい
・大事なキーワードは?
・重要な人物は、だれ?

きょうは、この問いに答えていきます。

先に結論をいえば、つぎのとおり。

りきぞう

・遊牧民の歴史は、[匈奴 → 柔然&鮮卑 → 突厥 → ウイグル → 契丹(キタイ) → モンゴル帝国 → 近代世界]の流れをおさえると、すっきり理解できる
・大事なキーワードは、「千戸制」「拓跋氏(たくばつし)」「安史の乱」など
・重要な人物は、「冒頓単于(ぼくとつ ぜんう)」「伊利可汗(いりぐ かがん)」「安禄山(あん ろくざん)」「フラビイ=ハン」など

ポイントは、つぎのとおり。

  1. ① 匈奴
  2. ② 鮮卑&柔然
  3. ③ 突厥
  4. ④ ウイグル
  5. ⑤ 契丹(キタイ)
  6. ⑥ モンゴル帝国
  7. ⑦ 近代世界

….

この記事では、つぎの本を参考にしました。

以下、目次にそって、みていきます。

遊牧民の歴史① ─ 匈奴

まずは、匈奴 ─ 。

ポイントは、つぎのとおり。

  • 匈奴帝国の形成
  • 匈奴帝国の発展
  • 匈奴帝国の衰退

匈奴の歴史は長く、BC.400年〜AD.200年ごろ、東部・ユーラシア大陸で活動していました。

その後、冒頓単于のもとに、勢力を拡大 ─ 。

東部ユーラシア一帯に、広大な匈奴帝国を築いてきます。

漢帝国・月氏族に圧力をかけたうえで、交易ネットワークをおさえ、利益を得ていきます。

漢「武帝」に敗れたあと、分裂をくりかえし、じょじょに衰退していきます。

「匈奴」については、こちらの記事で、くわしく説明しています。

遊牧民の歴史② ─ 鮮卑&柔然

匈奴が衰退したあと、ユーラシア大陸一帯に、勢力をのばしたのが「鮮卑」&「柔然」でした。

ポイントは、つぎのとおり。

  • 鮮卑による「北魏」の建国
  • 柔然の発展

匈奴にかわって、モンゴル高原をおさめたのが、鮮卑です。

はじめは匈奴の属国でした。

けれど、匈奴の東西分裂をきっかけに、勢力をのばします。(200年代・中頃〜)

鮮卑のあとに、覇権をにぎるのが、柔然です。

はじめは、拓跋氏に属していました。

しかし、中心勢力が、北部中国にうつり、「北魏」を建てます。

すると、中央ユーラシアが〝手薄〟になります。

領域をうめるように、勢力をのばしたのが「柔然」でした。

「鮮卑&柔然」については、こちらの記事で、くわしく説明しています。

遊牧民の歴史③ ─ 突厥

[鮮卑 → 柔然]のあと、ユーラシア大陸をおさめたのが、突厥です。

ポイントは、つぎのとおり。

  • 突厥の独立&形成
  • 突厥の発展&拡大
  • 突厥の衰退&分裂

突厥とは「トルコ人」の漢字表記です。

以後、トルコ系の人びとが、モンゴル高原一帯を支配していきます。

突厥は、すぐれた製鉄技術、生産活動、交易を拠点をおさえることで繁栄していきます。

つよい経済力を背景に、まわりの国々をつぎつぎに征服・統治していきます。

しかし内紛を機に東西に分裂 ─ 。

しばらく東突厥は存続しますが、さいごはウイグルの征服をうけ、滅亡します。

「突厥」については、こちらの記事で、くわしく説明しています。

遊牧民の歴史④ ─ ウイグル

突厥が東西に分裂したあと、ユーラシアの覇権をにぎったのが、ウイグルです。

ポイントは、つぎのとおり。

  • ウイグルの形成
  • ウイグルの発展
  • ウイグルの分裂

ウイグルは、[モンゴル草原〜西部中国]にかけて活動した遊牧民族 ─ 。

トルコ系で、突厥の衰退にともない、「ウイグル国家」を建てました。(744年)

ソグド人と交易をむすびつつ、経済面で繁栄します。

いっぽう、軍事支援をおこない、唐王朝とも対等な関係をむすびます。

しかし、以後、キルギスに攻撃により、ウイグル国は分裂 ─ 。

草原地域に散らばった部族は、各地で国家を建てていきます。

おもに、西トルキスタン/東トルキスタンが、経済・文化面で再興しました。

その後、東トルキスタンは、中国の「清王朝」の統治下に入ります。

「ウイグル」については、こちらの記事で、くわしく説明しています。

遊牧民の歴史⑤ ─ 契丹(キタイ)

ウイグルの衰退にともない、契丹(キタイ)が勢力をのばしていきます。

ポイントは、つぎのとおり。

  • 契丹(キタイ)の形成
  • 契丹(キタイ)の発展
  • 契丹(キタイ)の衰退&分裂
  • 契丹(キタイ)の滅亡

もともと4世紀から、キタイはモンゴル高原東部で活動していました。

9世紀ごろに、ウイグルがキルギスの攻撃をうけて、西方へ移動 ─ 。

空白をうめるように、キタイが東部ユーラシアをおさめるようになります。

中国の「宋王朝」とも対等な関係をむすび、銀・絹の献上までうけます。

しかし豊かさゆえに統治能力がゆるみ、女真族の国「金」によって、いったん滅ぼされます。

その後、生きのこった王族が、西方へ移動。

トルキスタンの地で、「カラ=キタイ」として国家を再興します。

まわりの国々なら文化・技術を吸収し、しばらく存続します。

けれど、13世紀にはいると、西方で勢力をのばす「ホラムズ」の圧力をうけます。

結果、じょじょに衰退し、滅亡します。

「契丹(キタイ)」については、こちらの記事で、くわしく説明しています。

遊牧民の歴史⑥ ─ モンゴル帝国

契丹(キタイ)が衰退したあと、ユーラシア一帯は、モンゴル帝国が治めていきます。

ポイントは、つぎのとおり。

  • モンゴル帝国の建設
  • チンギス=ハンによる遠征
  • 三男「オゴタイ=ハン」による遠征
  • 孫「バトゥ」によるヨーロッパ遠征
  • 孫「フラグ」による中東遠征
  • 孫「フビライ」による中国遠征
  • モンゴル帝国の分離・分立

[西部ユーラシア〜北部中国]にかけて、女真による国家「金」がおさめていました。

南部中国の「南宋」と講和をむすび、中国一帯は安定していました。

けれど「金」の経済力が弱まり、国力が落ちていきます。

そこへ、中央ユーラシアで勢力をのばした「モンゴル帝国」が、浸出・侵攻します。

以後、ユーラシア大陸全体は、モンゴル帝国の統治下に入ります。

しかし、しばらく経つと、広大な領土を、ひとりの君主で統治するのが、ムズかしくなります。

じょじょに、各地域が分離・分立していくことになります。

「モンゴル帝国」については、こちらの記事で、くわしく説明しています。

遊牧民の歴史⑦ ─ 近代世界

以降、ユーラシア地域は、ヨーロッパに端を発する〝近代化の波〟に巻き込まれていきます。

世界は、ヨーロッパ地域にとどまらず、地球規模で時代が動いていきます。

全人類を巻き込み、「近代世界」へ突入していきます。

近代世界の大まかな流れは、こちらの記事で、くわしく説明しています。

まとめ

まとめると、

りきぞう

・遊牧民の歴史は、[匈奴 → 柔然&鮮卑 → 突厥 → ウイグル → 契丹(キタイ) → モンゴル帝国 → 近代世界]の流れをおさえると、すっきり理解できる
・大事なキーワードは、「千戸制」「拓跋氏(たくばつし)」「安史の乱」など
・重要な人物は、「冒頓単于(ぼくとつ ぜんう)」「伊利可汗(いりぐ かがん)」「安禄山(あん ろくざん)」「フラビイ=ハン」など

といったかんじ。

この記事が、「モンゴル帝国の歴史を知りたい人」の参考になれば、うれしいです。

ではまた〜。