どうも、りきぞう(@rikizoamaya)です。
大学院では、キャリア論と社会保障を研究していました。
社会人なってからは、予備校講師 → ウェブディレクター → ライターと、いろんな職業にたずさわってきました。
働くなかで思うのは、自分の市場価値をアップするには「教養」が大切だということ。
・いい発想をする
こう思える人は、キホン、教養を身につけています。
わたしも、これまで古典&学術書を読みあさってきました。
なかでも、さいきんブームになっているのは「世界史」です。
ここ数年、ビジネスマンの必須知識として「世界史」が注目をあつめています。
ネット時代をむかえ、グローバル化が加速しているからです。
なかでも「近代ヨーロッパ期〜帝国主義時代」は、とても大切です。
このあいだに、いまにの思想・制度のベースがつくられ、「欧米優位」の世界をもたらしたからです。
近代ヨーロッパについては、わりと理解できると思います。
いっぽう、帝国主義時代については、定義もあいまいで、年代もハッキリしません。
とっつきにくいですよね。
そんなとき、つぎの本をみつけました。
著者は、イギリス現代史・国際関係史の専門家。
帝国主義が拡大した「20世紀」をあつかい、政治史を中心に、歴史をたどっていきます。
20世紀の起点を帝国主義が始まった「1870年代」、終点を冷戦体制が崩壊した「1990年代」におきます。
ほんらいの西暦とは広いタイムスパンをとり、「長い20世紀」というアプローチから、帝国主義時代をあつかうのが、本書のポイント。
欧米列強による植民地支配の構図をみたあと、[第一次世界大戦 → 世界恐慌 → 第二次世界大戦]までのプロセスを述べていきます。
また「定点観測」として、「アイルランド・南アフリカ・沖縄」の3地域をピックアップして、「長い20世紀」のあいだに、政治状況が、どのように変化したのかをみていきます。
ココが、本書のユニークな点であり、おもしろいトコだと思います。
コンパクトにまとまっているため、帝国主義時代のなかみ&流れを、短時間で把握できます。
目次
木畑洋一『二〇世紀の歴史』の概要
まずは目次。こんなかんじです。
第1章 支配 − 被支配関係の広がり ─ 帝国主義の時代
1 分割される世界
2 支配と被支配の構図
3 定点観 ─ 帝国世界下のアイルランド・南アフリカ・沖縄
第2章 帝国世界動揺の開始 ─ 第一次世界大戦とその後
1 世界大戦の様相
2 帝国の総力戦
3 帝国支配の動揺と再編
4 定点観測―第一次世界大戦期のアイルランド・南アフリカ・沖縄
第3章 帝国世界再編をめぐる攻防 ─ 世界恐慌から第二次世界大戦へ
1 世界恐慌と一九三〇年代の世界
2 第二次世界大戦
3 定点観測 ─ 第二次世界大戦期のアイルランド・南アフリカ・沖縄
第4章 帝国世界の解体 ─ 第二次世界大戦後の時代
1 脱植民地化の進展
2 脱植民地化と冷戦の間
3 「長い二〇世紀」の終焉
4 定点観測 ─ 帝国世界解体期のアイルランド・南アフリカ・沖縄
1章で、帝国主義の定義を述べたあと、拡大プロセスをみていきます。
2章〜3章で[第一次大戦 → 世界恐慌 → 第二次大戦]のなか、帝国主義国家が、どのように関係・関連したのか述べています。
4章で、1870年代に誕生・確立した帝国主義国家が、なぜ解体したのか ─ その背景・要因をみていきます。
キホン、帝国主義国家の[構築 → 展開 → 崩壊]の流れをたどっていくかんじです。
なので、1章から順々に読んでいくのがベターだと思います。
木畑洋一『二〇世紀の歴史』の詳細
以下、気になったトコをみていきます。
帝国主義とは?
そもそも、「帝国主義」とは何でしょうか?
「帝国」は、むかしからありました。
漢帝国・ムガル帝国・オスマン帝国など、時代・地域をとわず、いつでも・どこでも存在してました。
では、なぜ「長い20世紀」(1870年代〜1990年代)のあいだに「帝国主義」というコトバがつかわれ、「帝国主義時代」とよばれるんでしょうか。
理由は、それまでの巨大帝国がおさめる政治状況が起きたからです。
具体的には、フクスウの帝国が分立し、お互いに競合しながら、世界中の領土を分割したからです。
これは、「長い20世紀」に起きた、はじめての現象でした。
世界史は、帝国の興亡の歴史で彩られているといっても過言ではない。しかし、そのような帝国がいくつも並び立ち、互いに競合して世界を分割し、「支配 − 被支配」の関係が世界中に広がるという事態は、暦の上での一九世紀の後半になって初めてあらわれた。(no.0198)
知っているとおり、主要プレイヤーは、ヨーロッパ諸国で、そこにアメリカ&日本が加わりました。
わずか10ヶ国で、世界全体を統治し、しくみを築いていきました。
これを「帝国主義世界体制」とよびます。
帝国主義によってできあがった世界の仕組みが帝国世界(帝国主義世界体制))である。帝国世界において支配の側に立ったのは、主としてヨーロッパ諸国であり、それ以前から植民地をもっていたイギリス、フランス、スペイン、ポルトガル、オランダ、ロシアに加えて、ドイツやベルギー、イタリアも植民地獲得競争に乗り出したし、さらには、日本やアメリカもその陣営に参入した。(no.0211)
グローバル化の開始
いっぽう本書では、グローバル化は、この時期に始まったとしています。
フツーは、社会主義が崩れ、冷戦体制後に「グローバル化」がスタートした、といわれます。
しかし著者は、「長い20世紀」のあいだに、グローバル化が進展し、帝国主義体制のもとで、ヒト・モノ・カネが国境をこえはじめたと指摘します。
帝国世界の下では、〔……〕現在グローバリゼーションと呼ばれている状況の始まりも見られた。グローバリゼーションは、「国家の境界線を越えてヒト、モノ、カネ、情報の動きが活発化していくこと」と簡潔に定義できるが、それは帝国世界の下で大きく進展していったのである。これを近代グローバリゼーションと呼ぶ。(no.0295)
コレは、するどい指摘です。
たしかに、「ヒト・モノ・カネが国境を行き来する」ことをさすならば、グローバル化の開始を、この時期に置くのは、まちがいではありません。
ヴェルサイユ体制も、帝国主義体制のひとつ
各国が、帝国主義化をすすめるなか、第一次世界大戦が勃発します。
第一次大戦もまた、帝国主義が引き金となって起きたものです。
終戦後、大戦処理を話し合うため「パリ講和会議」が開かれますが、そのあとに構築された「ヴェルサイユ体制」もも、帝国主義体制の一環だといいます。
このとき「委任統治制度」というルールができますが、コレなどは、各国を「支配する側 / される側」に分けて、世界全体を分割・統治する、というものでした。
その意味で、帝国主義体制を、そのまま引き継ぎているわけです。
委任統治制度は、パリ講和会議の結果できあがったヴェルサイユ体制の一環を成した。ヴェルサイユ体制にせよ、1921年から1922年にかけて開かれたワシントン会議の結果、アジア太平洋で作られたワシントン体制にせよ、「長い二〇世紀」の初期に成立した帝国世界の部分的手直しという性格を強く帯びた体制であった。委任統治という一見新しい形が導入されても、植民地の支配体制はほとんど無傷のままで継続し、支配する側と支配される側に世界が大きく分かれるという帝国世界の基本的な姿に変わりはなかった。(no.1070)
支配国の都合で、支配される地域にたいするルールを変更できるようになります。
その結果、1930年代になり、ドイツ・イタリア・日本(=もたざる国) の要求&動きが、激しくなり、ドロ沼の侵略戦争へとすすんでいくようになります。
このように帝国主義体制が確立し、世界全体にむけて展開していきます。
枢軸国=帝国主義的国家の典型
そして、帝国主義国家の典型が、ファシズムをかかげた「枢軸国」(ドイツ・イタリア・日本)でした。
1936年に「日独防共協定」が、1937年・秋には、イタリアも加わって「日独伊三国防共協定」が成立します。
3ヶ国は、アジア&アフリカ大陸への領土拡大をはかり、ドイツについては、ヨーロッパ全土を手中におさめようとします。
イギリス・フランス・アメリカが静観するいっぽう、枢軸国は、武力・暴力でもって、他国への侵略をおこなっていくわけです。
枢軸国はボリシェヴィズム、ソ連への対抗をその結びつきの表面上の理由としていたが、これらの国は同時に、新たな支配領域の拡大を目指す能動的な帝国主義国家という性格を共有していた。日本やイタリアの場合は、海を越えてそれぞれアジア大陸、アフリカ大陸での領土拡大を追求し、ドイツの場合は当面はヨーロッパ大陸内部での支配圏拡大を図ろうとしていたわけであるが、いずれにせよ三国は、第一次世界大戦後進行し始めた帝国世界の解体に向かう流れに真っ向から逆行する動きをとる国々であった。(no.1328)
では、のちに連合国となる「イギリス・フランス・アメリカ」が、なにもせず、平和に統治していたかといえば、ちがいます。
こちらの3ヶ国は、それまで侵略した領土・領域の維持に、チカラを注いでいました。
この頃から、支配地域での独立の動きがはげしくなり、以前ほど、一方的な統治がムズかしくなってきました。
枢軸国にくらべ、ひろい領土をもつ連合国は、侵略戦争は起こせず、結果的に、ドイツ・イタリア・日本の行動を〝野放し〟にすることになります。
ファシズム諸国と異なり、反ファシズム諸国が新たな領土拡大を目指すということはなかったものの、植民地を領有していた国々は、自国の帝国がこの戦争によって崩れていくことをいかに防ぎ、ファシズム諸国によって奪われた領土の奪回をいかに図るかに腐心していたのである。(no.1647)
イギリス政府は消極的な対応を示しつづけた。〔……〕チャーチル首相が、〔……〕「インドやビルマやイギリス帝国のその他の部分」の将来についてのイギリスの政策に影響を及ぼすものではない、とわざわざ議会において表明したことも、そのようなイギリス政府の姿勢のあらわれであった。(no.1652)
帝国主義体制の解体
第二次世界大戦の敗北により、枢軸国による「ファシズム体制」は崩壊します。
それにともない、1870年代から確立・展開してきた「帝国主義体制」も、じょじょに崩れていきます。
これは敗戦国であるドイツ・イタリア・日本だけでなく、勝利国であるイギリス・フランス・アメリカも同様です。
なぜ、以前のように、一方的な支配はできなくなったのか。
イチバンの理由は、被支配国側の「脱植民地化」の動きです。
植民地国のなか「独立」の動きが活発になったからです。
では、なぜここにきて、支配国からの脱却の気運が高まったのか ─ 。
要因は、3つあります。
② 植民地の管理・維持の困難
③ 支配国にたいする国際的な非難
① は、被支配国サイドの動きによるものです。
長年の支配により、民衆のあいだで不満が高まります。結果、ナショナリズム=民族運動が激しくなり、支配国は、抑制できなくなりました。
② は、支配国(宗主国)側の要因です。
独立の動きにくわえ、コスト面で、管理・維持がムズかしくなりました。
武力・軍事で支配するよりも、自治権をあたえたうえで、経済面で取り引きしたほうが、トクだと考えます。
第二は支配国(宗主国)側の要因である。〔……〕これまでの植民地支配の継続が困難であるとの認識の下で植民地に独立を与え、独立後の現地指導者と新たな協力関係を作るなかで、支配国側の影響力を保持していこうとする思惑が働いた〔……〕(no.1995)
結果、領土を手放すことになります。
③ は、支配国にたいする他国から非難です。
たとえば、戦後、「国際連合」の地位・発言権は、増してきました。
組織をつうじて、イギリス・フランス・アメリカの現状・行動に、批判があつまってきたわけです。
タテマエであっても、平和をかかげる、民主主義国である3ヶ国は、植民地支配から、手を引くしかありません。
…
以上、3つの要因から、じょじょに、帝国主義体制が解体・崩壊していくようになります。
おわりに
このように本書では、[第一次世界大戦 → 世界恐慌 → 第二次世界大戦 → 冷戦体制]など、だいじな出来事とカラめがら、帝国主義のあり方をみていきます。
「長い20世紀」をとおして、帝国主義国家が、どのように確立・展開・崩壊していったのか ─ それらの過程を、わかりやすく、コンパクトにまとめています。
「定点観測」と称して、アイルランド・南アフリカ・沖縄の情勢を、具体的に知れるのも、本書のポイントです。
帝国主義時代を理解・把握したい人には、おすすめの1冊です。
よければ、チェックしてみてください。
ではまた〜。

